1993年9月17日。『Xファイル』第1話の放送からわずか1週間後、1,110万人のアメリカ人が再びテレビの前に座った。第2話「ディープ・スロート」——このエピソードは、シリーズ全体を貫く「神話」(ミソロジー)の礎を築いた、記念碑的な45分間だった。
あらすじ——アイダホの空に消えた真実
プロローグ: 震える兵士
アイダホ州南西部、エレンズ空軍基地。深夜、軍のテストパイロット、ロバート・ブダハズ大佐が突如として軍用車両を盗み出し、自宅に立てこもる。異常事態に出動した軍警察が突入すると、浴室の隅で震えている大佐を発見する。奇妙なことに、彼の体には無数の吹き出物ができていた。まるで何かの実験を受けたかのように。
出典:GGTimes00 – Ameba Ownd
そして、ブダハズは姿を消した。
4ヶ月後: トイレの警告
ワシントンD.C.の薄暗いバーで、モルダーとスカリーはブダハズ事件について話し合っている。モルダーは説明する——ブダハズは新型戦闘機のテストパイロットだった。軍は彼について一切コメントしない。FBIもこの事件を調査しようとしない。さらに、エレンズ空軍基地では6人のパイロットが失踪しており、UFOに関する陰謀に関与していたとの噂がある。
モルダーがトイレに立つ。すると、見知らぬ男が横に立つ。60代くらいの白髪の紳士。高級なスーツ。政府高官の風格。
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「ブダハズの件から手を引きたまえ、モルダー」
男は冷静に告げる。
「君は監視されている。ある勢力の監視下にある」
「あなたは誰です?」
男は答えず、その場を立ち去る。後に、モルダーは彼を「ディープ・スロート」と呼ぶようになる。
バーに戻ったモルダーは確認する——本当に監視されている。黒いセダンが通りに停まっている。中には人影が見える。
それでも、モルダーは引き下がらない。
アイダホへ——隠蔽の壁
2人はアイダホ州エレンズへ飛ぶ。ブダハズの妻、アニータは2人に証言する。「夫は失踪する前に、狂ったような言動をし始めた。意味不明なことを叫び、壁を見つめて震えていた」
同じく精神異常を起こしたテストパイロットがいるという情報を得る。何かが起きている。この基地で。
スカリーは空軍基地の責任者、キッセル大佐に面会を申し込むが、完全に拒否される。「ノーコメントだ。帰ってくれ」。扉は閉ざされた。
その後、地元のジャーナリストを名乗るポール・モスリンガーという男に声をかけられるが、モルダーたちは軽くあしらう。ただ、UFOマニアが集まる場所だけを聞いた。
モスリンガーが2人に教えたのは、UFOをテーマにしたダイナーだった。店内には宇宙人の人形、UFOの写真、陰謀論のポスターが所狭しと飾られている。明らかに観光客向けの店だ。
だが女店主は真剣だった。彼女は2人に囁く。
「あたしは見たんだ。店の裏で。夜中に光が降りてきた。三角形の物体だった。写真もある」
彼女は古びた写真を数枚テーブルに並べる。確かに、夜空に不鮮明な光の塊が写っている。
「これ、20ドルで売るよ」
モルダーは即座に財布を開く。スカリーは呆れた表情で彼を見る。「本気なの?」
「可能性を排除すべきじゃない、スカリー」
夜の目撃——通常ではありえない飛行
その夜、2人は空軍基地のフェンス越しに張り込む。午前2時過ぎ、空に光が現れた。
2つの光の物体が、信じられない速度で空を切り裂く。直角に曲がり、一瞬で加速し、静止する。通常の航空機では不可能な動きだ。物理法則を無視している。
「見たか、スカリー!」
「見たわ。でも、それが何なのかはわからない」
そこへ黒いヘリコプターが接近してくる。2人は慌てて逃げ出す——だがヘリコプターの標的は別にいた。基地に不法侵入していた地元の若いカップル、エミルとゾーイだ。
モルダーは翌日、2人をダイナーに招いて話を聞く。エミルは興奮気味に語る。「あの光は絶対にUFOだ! 俺たちは何度も見てる!」
食事を終えて店を出ると、黒服の男たちが待ち構えていた。無言で2人が撮った証拠写真を奪い、破り捨てる。
「ここから立ち去れ。二度と戻ってくるな」
その頃、失踪していたブダハズ大佐が自宅に戻ってきた。だが彼は、失踪中の記憶を完全に失っていた。「何も覚えていない。気づいたら家にいた」
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モルダーの潜入——そして消された記憶
怒ったモルダーは、エミルとゾーイの協力を得て空軍基地へ侵入する。フェンスを乗り越え、滑走路に忍び込む。
そして今度は光ではなく、はっきりとした三角形の飛行物体が頭上を通過する。轟音。光。熱。
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次の瞬間、兵士たちに取り囲まれる。モルダーは連行される。
一方、スカリーは重要な発見をする。ジャーナリストのモスリンガーが、実は軍の関係者だったことを突き止めたのだ。彼は2人を監視していた。
スカリーはモスリンガーに銃を突きつける。
「モルダーはどこ?」
「基地の中だ」
「連れていきなさい」
スカリーはモスリンガーを人質に取り、基地のゲートまで行く。そして交渉する——モスリンガーとモルダーの交換だ。
数時間後、モルダーが解放される。だが彼の目はぼんやりとしている。記憶が曖昧だ。「何をされたんだ? 何も思い出せない」
出典:GGTimes00 – Ameba Ownd
彼らは、記憶を改変されたのだ。
真実を明かすことができないまま、2人はワシントンD.C.へ戻る。
エピローグ: 彼らは遥か昔から地球にいる
数日後の朝。ジョギングをしているモルダーの前に、再びディープ・スロートが現れる。
「あなたは誰なんです? なぜ僕に警告したんです?」
「君が知る必要はない」
「教えてください。彼ら——宇宙人は、本当に地球にいるんですか?」
ディープ・スロートは長い沈黙の後、静かに答える。
「彼らは遥か昔から地球にいるんだ」
男は走り去る。モルダーは立ち尽くす。
真実は「そこ」にある。だが誰かが、常にそれを隠している。
デイヴィッド・ドゥカヴニー——知性と狂気の間を歩く男
出典:GQ Japan
フォックス・モルダーを演じるデイヴィッド・ドゥカヴニーは、1960年8月7日、ニューヨークに生まれた。父親はブルックリン生まれのユダヤ人作家、母親はスコットランド出身の教師。インテリ家庭で育った彼は、プリンストン大学を卒業後、イェール大学で英文学の修士号を取得する。将来は教師になるつもりだった——だがその計画は、演技という誘惑に負けた。
1980年代からCMやテレビに出演を始めたドゥカヴニーの転機は、1990年の『ツイン・ピークス』だった。彼はDEA捜査官デニス・ブライソン役で登場する——だがこの役には奇妙な設定があった。女装癖に目覚めた捜査官で、女装時には「デニース」を名乗るのだ。ドゥカヴニーはこの「ハンサムだが奇人」という役柄を見事に演じ、注目を集めた。
そして1993年、『Xファイル』のオーディションがやってくる。クリス・カーターは、ドゥカヴニーの知的な雰囲気とどこか危うげな表情に惹かれた。FOXも彼のキャスティングには好意的だった。こうして、フォックス・モルダーという史上最も有名なFBI捜査官が誕生する。
『Xファイル』は大ヒットし、ドゥカヴニーは1997年にゴールデングローブ賞を受賞。エミー賞にもノミネートされる。9年間で176エピソードに出演し、8エピソードの脚本、3エピソードの監督も務めた。モルダーという役は、彼の代名詞となった。
シリーズ終了後も、ドゥカヴニーは多彩なキャリアを歩む。2007年からはテレビシリーズ『カリフォルニケーション』で主演を務め、2016年と2018年には『Xファイル』のシーズン10、11でモルダー役に復帰。さらに作家としても活動し、小説『ホーリー・カウ』(2015年)、『くそったれバッキー・デント』(2016年)を出版。近年は歌手としても活動している。
興味深いのは、ドゥカヴニー自身はモルダーとは真逆の人物だということだ。彼は超常現象に対して懐疑的で、科学的な思考を好む。役柄とのこのギャップが、モルダーの演技に深みを与えているのかもしれない。
ジリアン・アンダーソン——強さと知性を纏った女性
出典:海外ドラマNAVI
ダナ・スカリーを演じるジリアン・アンダーソンは、1968年8月9日、イリノイ州シカゴに生まれた。だが彼女の幼少期は複雑だ。生まれてすぐにプエルトリコに移住し、その後ロンドンへ。11歳でミシガン州グランド・ラピッズに移る。アイルランド訛りの英語を度々からかわれた彼女は、次第に中西部方言を身につけた。今でも、インタビューではイギリス英語と中西部方言を使い分けている。
元々は海洋生物学者を志していたアンダーソンだが、17歳頃から演劇に目覚める。デポール大学で演劇の学士号を取得後、22歳でニューヨークに移住。ウェイトレスをしながらオフ・ブロードウェイで舞台活動を開始し、初舞台でシアター・ワールド賞の新人賞を受賞する。
1993年、『Xファイル』のオーディションの知らせが届く。脚本を読んだアンダーソンは即座に決断した。「久しぶりに、主役に強さ、独立性、知性が感じられた」
だがFOXは難色を示した。彼らはもっとテレビ経験があって、セックスアピールに富んだ女優を希望していた。しかしクリス・カーターは譲らなかった。「スカリーに必要な素質をすべて持っているのは彼女だ」。300人の応募の中から、アンダーソンが選ばれた。
『Xファイル』でのアンダーソンの演技は、テレビ史を変えた。彼女はプライムタイム・エミー賞ドラマ部門最優秀主演女優賞、ゴールデングローブ賞TVドラマ部門最優秀女優賞、全米映画俳優組合賞で2度のTVドラマ最優秀女優賞を受賞。エミー賞、ゴールデングローブ賞、SAG賞を同じ年に一気に受賞した初の女優となった。
さらに驚くべきは「スカリー効果」だ。ドラマのヒットにより、スカリーに影響されて医者や警察官を志す女性の数が増加——この現象は社会現象となり、学術研究の対象にもなった。スカリーは、単なるテレビキャラクターではなく、時代のアイコンになったのだ。
シリーズ終了後、アンダーソンはロンドンに移住し、舞台に注力する。2013年からはテレビドラマ『THE FALL 警視ステラ・ギブソン』で主演を務め、2014年には舞台『欲望という名の電車』でロンドン・イブニング・スタンダード・シアター・アワード主演女優賞を受賞。2020年には『ザ・クラウン』でマーガレット・サッチャー役を演じ、ゴールデングローブ賞とエミー賞の助演女優賞を受賞した。
「ザ・クラウン」
出典:ナタリー
ドゥカヴニーとは対照的に、アンダーソン自身は超常現象に対して肯定的だという。この役者と役柄のねじれが、『Xファイル』の魅力を深めている。
「ディープ・スロート」が提示したもの
ディープスロート
出典:GGTimes00 – Ameba Ownd
第1話「序章」がモルダーとスカリーの出会いを描いたとすれば、第2話「ディープ・スロート」は、彼らが対峙する巨大な闇の輪郭を描いた。
謎の情報提供者、ディープ・スロート。ウォーターゲート事件の歴史的な情報源から名前を借りたこのキャラクターは、シリーズの構造を決定づけた。モルダーとスカリーは、ただ事件を追うだけではない。彼らは、影で真実を隠蔽する勢力と戦っている。そして時折、その勢力の内部から、良心の呵責に苛まれた者が真実の欠片を漏らす。
「彼らは遥か昔から地球にいるんだ」——このディープ・スロートの最後のセリフは、シリーズ全体を貫くテーマを宣言している。真実は「そこ」にある。だが誰かが、常にそれを隠している。政府は知っている。軍は知っている。だが国民には教えない。
1993年のアメリカは、政府への不信が渦巻いていた。冷戦は終わったが、新しい敵——自国政府——が現れた。『Xファイル』はこの時代精神を完璧に捉えた。エイリアンが実在するかどうかは、実は問題ではない。問題は、政府がそれを隠蔽しているかもしれないという疑念そのものなのだ。
制作の舞台裏——失敗と苦闘
興味深いのは、このエピソードの制作過程が決して順調ではなかったことだ。クリス・カーター自身が「シリーズ史上最悪のCG」と振り返るUFOの映像は、予算と時間の制約の中で作られた。視覚効果担当のマット・ベックも「改善を試みたがうまくいかなかった」と認めている。カーターは「ハイテクなポンゲームのようになってしまった」と自嘲する。
夜のシーンを撮影中、太陽が昇り始めるというトラブルもあった。撮影クルーは必死でアングルを工夫し、できるだけ暗く見せようとした。モルダーが基地に潜入するシーンは本来「夜」の設定だったが、太陽が昇ってしまったため「明け方」に変更せざるを得なかった。
だがこれらの「失敗」は、むしろドラマに生々しさを与えている。完璧なCGよりも、不完全な光の方が、不安を掻き立てる。明け方の薄明かりの中で捕まるモルダーの姿は、夜よりも無防備で痛々しい。
制約は、時に創造の源になる。
なぜ今も色褪せないのか
30年以上が経った今も、「ディープ・スロート」は古びない。なぜなら、この物語が問うているのは情報へのアクセスと権力の透明性だからだ。
誰が情報を管理しているのか。誰が真実を知っているのか。そして誰が、それを隠しているのか——これらの問いは、2025年の今も有効だ。むしろ、インターネットとSNSの時代において、より切実になっている。
モルダーとスカリーは、真実を求めて戦う。だが彼らの前には、常に壁が立ちはだかる。記憶を消され、証拠を奪われ、警告を受ける。それでも彼らは進む。なぜなら、誰かが真実を追い続けなければ、闇はより深くなるだけだから。
ディープ・スロートは言った。「彼らは遥か昔から地球にいるんだ」。
だがより重要なのは、彼が次に言わなかった言葉だ。「そして君たちは、決してその証拠を掴めない」。
真実は「そこ」にある。だが誰も、触れることはできない。この絶望と希望の間で揺れ続けること——それが『Xファイル』の本質であり、「ディープ・スロート」が提示した物語の構造だった。
1993年9月17日、1,110万人のアメリカ人がこのエピソードを見た。そして多くが、画面の向こうの闇に、自分たちの現実を見出したのだ。










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