1993年9月10日の夜、アメリカのテレビ画面に一つの革命が静かに始まった。『Xファイル』第1話「序章」。200万ドルの予算、バンクーバーの湿った森、そして1,200万人の視聴者。誰もがまだ気づいていなかった——これが21世紀のテレビドラマの原型になるということを。
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オレゴン州ベルフルールの森を逃げる少女、謎の光、背中の痣。パイロット版として、この45分間は驚くほど完成されている。だが本当に革命的だったのは、UFOでも政府の陰謀でもない。画面に映し出された二人の人間の関係性だった。
あらすじ——オレゴンの森から始まる真実への旅
プロローグ:謎の死
物語は1993年、オレゴン州ベルフルールの夜の森から始まる。高校生のカレン・スウェンソンが何かから逃げるように森を駆け抜けている。彼女は穴に落ち、そこに謎の人影が近づく。次の瞬間、二人は強烈な光に包まれた。
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数日後、カレンの遺体が発見される。だが検視の結果は奇妙だった。外傷なし、暴行の痕跡なし。唯一の異常は、背中の下部に残された2つの小さな痣だけだった。
スカリーの任命
ワシントンD.C.のFBI本部。入局2年目の特別捜査官ダナ・スカリーは、上司のスコット・ブレヴィンス課長に呼び出される。会議室には、政府の重鎮らしき男性がタバコを吸いながら座っている。誰も彼の名を口にしない。
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ブレヴィンス課長はスカリーに告げる。「君を『Xファイル課』に異動させる」。Xファイル課——FBI内部でもほとんど知られていない、超常現象を扱う部署。そこには、オックスフォード大学で心理学を修めながら「変人」と噂されるフォックス・モルダー特別捜査官がいた。
ブレヴィンス課長の意図は明白だった。医学博士号を持つスカリーに、モルダーの「非科学的な」仕事を否定させること。彼女は監視役として送り込まれたのだ。
地下室での出会い
FBI本部の地下にあるモルダーのオフィス。壁には「I WANT TO BELIEVE(私は信じたい)」と書かれたUFOポスターが貼られている。初対面のスカリーに、モルダーは率直に語る。
「君は僕を監視するために送られてきた。分かっているよ」
そして彼はカレン・スウェンソンの事件ファイルを開く。カレンの高校では過去4年間で4人の生徒が謎の死を遂げている。全員に共通するのは、背中の同じ位置にある痣。そして遺体から検出された未知の有機化合物。
モルダーの結論は明快だった。「これは地球外生命体による誘拐実験だ」
医学者であるスカリーは当然、この荒唐無稽な仮説に眉をひそめる。だが彼女は否定ではなく、質問で応じた。「証拠は?」
この瞬間、シリーズの基本構造が確立される。信じる者と疑う者。だが両者は対等だ。
ベルフルールへ——異変の始まり
翌日、2人はオレゴン州ベルフルールへ飛ぶ。町に近づくと、森の上空で飛行機が原因不明の乱気流に遭遇する。そして森の中を車で走行中、カーラジオが突然狂い始める。モルダーは車を止め、道路に「X」とスプレーでマーキングした。「何かがここにある」
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町に到着した2人は、検視官のジェイ・ネンマン医師と対面する。だが医師は非協力的だった。「この町のことは私たちが一番よく知っている」
モルダーは医師の反対を押し切り、3人目の犠牲者レイ・ソームズの遺体の再検証を要求する。深夜の墓地。雨が降りしきる中、棺が掘り起こされる。
棺の蓋が開けられた瞬間——中にはソームズの遺体ではなく、奇妙に変形した灰色の死体が横たわっていた。スカリーは即座に判断する。「これは人間ではない。おそらくオランウータンの遺体よ」
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だが次の発見が、彼女の科学的確信を揺るがす。死体の鼻腔から、小さな金属製のインプラント(埋め込み装置)が見つかったのだ。
精神病院の訪問
翌日、2人はレイ・ソームズが生前入院していた精神病院を訪れる。そこで彼の元同級生と対面する。
ビリー・マイルズ——昏睡状態で、何年も眠り続けている。
ペギー・オデル——車椅子の女性で、下半身が麻痺している。
モルダーがオデルに優しく話しかけると、突然彼女は激しく動揺し始める。鼻から血が流れ出す。介抱しようとしたモルダーは、彼女の背中にカレンと同じ痣があることに気づく。
病院の外で、モルダーはスカリーに説明する。「彼らは全員、エイリアンに誘拐された被験者なんだ。実験に耐えられなかった者が死に、生き残った者は記憶を消されて戻された」
スカリーは反論する。「カルト集団の犯罪かもしれない。科学的に説明できる現象よ」
だが彼女の声には、わずかな迷いが混じっていた。
失われた9分間
その夜、2人は森へ調査に向かう。スカリーは地面に奇妙な焦げ跡を発見する。「ほら、これはカルト集団が儀式で使った痕跡よ」
そこへ地元警察が現れ、2人に森からの退去を命じる。モーテルへ戻る道すがら、車は「X」をマーキングした地点を通過する。
その瞬間——空に強烈な光が現れた。
車のエンジンが止まる。ライトが消える。ラジオが狂ったように鳴り響く。光は2人を包み込み、そして突然消えた。
モルダーは時計を見て愕然とする。「スカリー、9分経っている」
「何を言っているの? まだ数秒しか——」
だが時計は正確だった。2人は9分間の記憶を失っていた。これはアブダクション被害者が報告する典型的な現象だ。
モルダーの告白
モーテルの部屋で、動揺したスカリーに、モルダーは自分の過去を打ち明ける。
「僕が12歳の時、妹のサマンサが突然消えた。僕のすぐ隣にいたのに、光が部屋を満たして——次の瞬間、妹はいなくなっていた。誰も信じてくれなかった。でも僕は知っている。あれは現実だった」
「それが君をここに駆り立てているのね」
「そうだ。真実を見つけるまで、僕は止まれない」
このモルダーの告白は、シリーズ全体を貫くテーマとなる。彼は証拠を探しているのではない。失われた妹を、失われた時間を取り戻そうとしているのだ。
深夜、部屋の電話が鳴る。匿名の声が告げる。「ペギー・オデルが死んだ」
証拠の消失
2人が現場に急行すると、オデルは車に轢かれて死んでいた。だが奇妙なことに、彼女がいつも使っていた車椅子が見当たらない。「彼女は自力で歩けたのか?」
さらに奇妙なのは、死亡推定時刻だった。彼女が死んだ時刻は、2人が森で「失われた9分間」を経験していた、まさにその時刻だった。
モーテルに戻ると、部屋が炎に包まれていた。すべての証拠資料、写真、メモ——すべてが焼失していた。明らかに放火だ。誰かが証拠を消そうとしている。
呆然とする2人の前に、一人の若い女性が駆け寄ってくる。検視官ネンマン医師の娘、テレサだ。
「助けて。何度も気づくと森の中にいるの。記憶がないの。怖いの」
彼女が袖をまくると、背中には同じ痣があった。そして鼻血が流れ始める。だがすぐに父親のネンマン医師とモルダーとスカリーを森から退去させた地元の刑事が現れ、テレサを強引に連れ去ってしまう。
その刑事は——ビリー・マイルズの父親だった。
墓地での発見
モルダーは他の犠牲者の遺体も調べるべきだと主張し、墓地へ向かう。だがそこで見たのは、すでに掘り起こされた墓だった。誰かが先回りして、遺体を盗み出していた。
「ビリーだ」とモルダーは言う。「昏睡状態のはずのビリー・マイルズが、遺体を森へ運んでいるんだ」
「昏睡状態の人間がどうやって?」
「コントロールされているんだ。エイリアンによって」
クライマックス——光の中の治癒
2人は森へ急ぐ。そこには既にマイルズ刑事がいた。悲鳴が聞こえ、全員で音のする方へ駆ける。
そこにいたのは——昏睡状態のはずのビリー・マイルズだった。彼はテレサを腕に抱え、まるで何かから守るように立っていた。
次の瞬間、空から強烈な光が降り注ぐ。
光は森全体を包み込む。木々が揺れ、大地が震える。モルダー、スカリー、マイルズ刑事——全員が光に呑み込まれる。
そして光が消えた。
ビリーとテレサは地面に倒れていた。だが2人とも無傷だった。それどころか、背中の痣も、テレサの鼻血も、すべてが消えていた。まるで何かが彼らを「治癒」したかのように。
エピローグ——隠蔽される真実
数週間後。ビリー・マイルズは催眠療法を受けている。セラピストの誘導で、彼は封印された記憶を語り始める。
「卒業パーティーの夜、僕たちは森にいた。光が降りてきた。気づくと、僕たちは灰色の部屋にいた。彼らが僕たちを見ていた。大きな黒い目で。彼らは僕たちに何かをした。痛かった。叫び声が聞こえた。何人かは死んだ。僕は——僕は覚えていない」
ワシントンD.C.。スカリーはブレヴィンス課長に報告書を提出する。そして唯一の物的証拠である金属製インプラントを手渡す。
「これが何なのか、分析が必要です」
「もちろんだ。我々が調査する」
だが数日後、モルダーはスカリーに告げる。
「事件のファイルが消えた。ビリーの証言記録も、現地での写真も、すべて抹消されている。まるで何も起こらなかったかのように」
「私が提出したインプラントは?」
「それも行方不明だ」
最後のシーン——真実の保管庫
出典:GGTimes00 – Ameba Ownd
画面は暗転し、場所が変わる。
ペンタゴンの地下深く。無数の棚が並ぶ、巨大な資料保管庫。タバコを吸う男——ブレヴィンス課長の会議室にいた、あの名もなき男——が、一つの小箱を手にしている。
中には、スカリーが提出した金属製インプラントが入っている。
男は棚の一つに近づき、小箱を収める。カメラが引いていくと——棚には無数の同じ小箱が並んでいることが分かる。何百、何千という数の小箱。すべて同じインプラント。
政府は知っている。政府は何年も、何十年も前から知っている。そして隠し続けている。
男はタバコを一服し、静かに立ち去る。
暗闇の中、棚だけが残る。真実は「そこ」にある。だが誰も触れることはできない。
こうして『Xファイル』の物語が始まった。
ステレオタイプを裏返した革命
出典:Dlife
この物語で本当に革命的だったのは、UFOでも政府の陰謀でもない。画面に映し出された二人の人間の関係性だった。
フォックス・モルダーとダナ・スカリー。クリス・カーターがこのキャラクター設定を考案したとき、彼は意図的にテレビドラマの伝統を裏返した。通常、男性が理性的で懐疑的、女性が感情的で神秘主義的——これが黄金律だった。しかしカーターは真逆にした。
モルダーは妹の失踪というトラウマに囚われ、UFOを信じる「変人」。対してスカリーは医学博士号を持ち、科学的証拠だけを信じる冷徹な合理主義者。この逆転が持つ意味は深い。スカリーは単なる「付き添いの女性捜査官」ではない。彼女はモルダーの仮説を検証し、否定し、科学の言葉で対峙する対等なパートナーだ。
地下のオフィスで初めて顔を合わせるシーン——モルダーがUFO仮説を語り、スカリーが眉をひそめる。この数秒間に、90年代フェミニズムの静かな勝利がある。スカリーは救われるヒロインではなく、自分の頭で考え、自分の足で立つ女性だった。
信じることと疑うこと
「The truth is out there(真実はそこにある)」——シリーズのキャッチフレーズだ。だがこの第1話が本当に問うているのは、「真実を信じることは可能か」という、より根源的な問いだ。
モルダーにとってUFOは仮説ではなく、喪失を説明するための物語だ。12歳の夜に失われた妹。光だけが残った記憶。彼は証拠を探しているのではない。妹を、そして自分の過去を取り戻そうとしているのだ。
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一方、スカリーの懐疑主義は冷酷さではない。むしろ知的誠実さだ。オランウータンの死体を見て即座に判断する科学的眼差し。金属インプラントを発見しても、「地球外生命体」と飛躍しない慎重さ。彼女は真実を否定しているのではない。証明されるまで判断を留保しているのだ。
出典:Apple TV
この二人の緊張関係こそが、『Xファイル』の核心だ。信じることは容易い。疑うことも容易い。だが信じる者と疑う者が対等に対話すること——これは困難だ。モルダーとスカリーは対立しながらも、互いを尊重する。この相互尊重が、シリーズ全体を貫く倫理的背骨になる。
90年代アメリカの不信感
ペンタゴンの資料保管庫のシーン。無数のインプラントが保管されている。政府はすべてを知っている。このシーンが1993年のアメリカ人に与えた衝撃は大きい。
90年代初頭、アメリカは深い不信の時代にあった。冷戦は終わったが、新しい敵が現れた——自国政府だ。湾岸戦争、ロサンゼルス暴動、ルビー・リッジ事件。政府は国民に嘘をついている——この感覚が、空気のように社会を満たしていた。
『Xファイル』はこの不安を完璧に捉えた。エイリアンは本当に存在するのか? 問題はそこではない。政府がそれを隠蔽しているかもしれない——この疑念こそが、物語のエンジンだ。
ブレヴィンス課長がスカリーに異動を命じるとき、彼の背後には謎の男が座っている。誰も彼に名前を尋ねない。誰も彼の存在に驚かない。彼はシステムの一部であり、システムは透明ではない。
なぜ今も色褪せないのか
30年以上が経った。インターネットが普及し、陰謀論はSNSで増殖する。政府への不信は、もはや空気ではなく騒音だ。
それでも『Xファイル』は古びない。なぜなら、この物語の核心はエイリアンではなく人間だからだ。モルダーとスカリー。信じる者と疑う者。二人は対立しながら、互いに歩み寄る。
この相互尊重は、今の時代にこそ必要だ。SNSでは、信じる者と疑う者は互いを罵倒する。対話は断絶する。しかし「序章」が提示したのは、対話の可能性だった。
真実は本当に「そこ」にあるのか。それとも、信じる者と疑う者の間にあるのではないか。モルダーとスカリーが並んで歩くとき、その距離にこそ、真実への道がある。
『Xファイル』第1話「序章」は、単なるSFドラマのパイロット版ではない。それは対話の技法についての教科書であり、不確実性と共に生きる知恵を描いた寓話だ。1993年9月10日、オレゴンの森に光が降り注いだ。その光は今も、私たちを照らしている。










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