2024年1月に公開された映画『ある閉ざされた雪の山荘で』。ミステリーの巨匠・東野圭吾氏による原作小説は、その巧みなトリックから長年「映像化は不可能」と言われ続けてきました。この大きな壁に、重岡大毅さんを主演に迎え、飯塚健監督が挑んだ意欲作です。
本作は、単なる犯人探しのミステリーではありません。雪で閉ざされた山荘という王道の舞台設定の上で、「これは演技なのか、それとも本物の事件なのか」という、虚構と現実の境界線が曖昧になっていく心理サスペンスが繰り広げられます。物語が進むにつれて明らかになるのは、幾重にも仕掛けられた巧妙な罠と、役者という存在の「業(ごう)」そのものを問う、深く切ないテーマです。
この記事では、映画『ある閉ざされた雪の山荘で』の魅力を、ネタバレなしのパートと、物語の核心に迫るネタバレありの考察パートに分けて、徹底的に解説していきます。
- まだ映画を観ていない方は、作品の基本情報やネタバレなしのあらすじ、見どころを読んで、本作の世界観に触れてみてください。「どんな映画か知ってから観たい」という方にもおすすめです。
- すでに映画を観た方は、ぜひネタバレありの考察パートへ。劇中に散りばめられた伏線や、原作小説との違い、そして物語の「本当の結末」についての深い解釈を共有し、作品をより一層楽しむための一助となれば幸いです。
それでは、虚構と現実が入り混じる、雪の山荘への扉を開けていきましょう。
作品情報と予告編
項目 | 詳細 |
作品名 | ある閉ざされた雪の山荘で |
公開年 | 2024年/日本 |
監督・脚本 | 飯塚健 |
原作 | 東野圭吾『ある閉ざされた雪の山荘で』(講談社文庫) |
キャスト | 重岡大毅, 中条あやみ, 岡山天音, 西野七瀬, 堀田真由, 戸塚純貴, 森川葵, 間宮祥太朗 |
配信状況 | 各動画配信サービスで配信中(2025年7月時点) |
あらすじ(※ネタバレなし)
物語の幕は、最終オーディションへの一通の招待状から開きます。送り主は、カリスマ演出家・東郷が率いる人気劇団「水滸(すいこ)」。新作舞台の主演の座をかけ、選ばれた7人の若き役者たちが、人里離れた山荘に集められました。メンバーの中には、劇団のトップ俳優から、まだ芽の出ない若手、そして唯一の部外者である久我和幸(重岡大毅)まで、様々な立場の男女が顔を揃えます。彼らは互いをライバルとして意識しつつも、大きなチャンスを前に期待と野心を胸に抱いていました。

山荘に到着した彼らを待っていたのは、東郷からの音声メッセージ。「これより4日間、あなたたちには『大雪で孤立した山荘』という設定のもとで起る連続殺人事件を演じてもらう」という、奇妙なオーディションの課題でした。詳しい台本はなく、役者たちはこの状況下で起こる出来事に、自らの役を生き、即興で対応しなくてはなりません。

2日目の朝、最初の「事件」が起こります。参加者の一人、笠原温子が「殺害された」と告げられるのです。現場には彼女の姿はなく、ただメッセージカードが残されているだけ。多くのメンバーはこれを演技の一環と捉え、役者としてどう振る舞うべきかを探り始めます。
しかし、3日目の朝、山荘の空気は一変します。今度は元村由梨江が「殺された」とされ、凶器とされる花瓶には、本物としか思えない生々しい血痕が付着していたのです。「これは本当に、ただの演技なのだろうか?」「もし本物の殺人鬼がこの中にいるとしたら…?」

疑心暗鬼と恐怖が、役者たちの心を急速に蝕んでいきます。外部との連絡手段は絶たれ、深い雪に閉ざされた山荘は、完璧な密室と化していました。虚構(オーディション)と現実(事件)の境界線が崩壊していく中で、彼らのリアルな感情がぶつかり合う、命がけの舞台が静かに幕を開けるのでした。
見どころ・注目ポイント

クローズドサークル×劇中劇という斬新な構成
本作の最大の魅力は、ミステリーの王道である「クローズドサークル(雪山の山荘)」という設定に、「劇中劇」の要素を掛け合わせた点にあります。
観客は、登場人物たちと同じように「どこまでが台本で、どこからが本心なのか」という混乱を常に突きつけられます。この構造により、単に犯人を探すだけでなく、「この状況そのものが何なのか」を推理する、より高次元なミステリー体験が生まれています。
飯塚健監督の演出も、このテーマを際立たせています。山荘をまるで舞台のセットのように真上から映し出す俯瞰(ふかん)ショットは、登場人物たちが何者かの手のひらの上で動かされている駒であることを象徴しているかのようです。このスタイリッシュな映像表現が、物語のメタ的な構造を視覚的に補強し、観る者をより深く物語の世界へ引き込みます。
若手実力派俳優たちの魂のアンサンブル

本作は、今をときめく若手実力派俳優たちの競演も見逃せません。
主演の重岡大毅さんは、唯一の部外者であり、観客の視点を代弁する久我和幸役を好演。彼の抱く素朴な正義感や混乱が、観客を物語にスムーズに感情移入させてくれます。
そして、物語の鍵を握るのが、間宮祥太朗さん演じる劇団のトップ俳優・本多雄一と、森川葵さん演じる天才女優・麻倉雅美です。粗野に見えながらも深い信念を秘めた本多の存在感、そして過去のトラウマに囚われた麻倉の繊細かつ鬼気迫る表情は、本作の感情的な核となっています。
中条あやみさん、西野七瀬さんをはじめとする他のキャストも、それぞれが演劇界にいそうな生々しいキャラクターを体現。彼らが織りなす疑心暗鬼と信頼のアンサンブルが、本作に人間ドラマとしての厚みを与えています。
「映像化不可能」を乗り越えた脚本の妙
原作小説の核となるトリックは、文章だからこそ成立する「叙述トリック」でした。これをそのまま映像で再現するのは極めて困難です。
映画版では、このトリックを大胆に翻案し、視覚的な「三重構造の劇中劇」へと置き換えました。この脚本の変更こそが、本作が「映像化不可能」の壁を乗り越え、新たな傑作として生まれ変わった最大の要因です。
原作が知的なパズルであったのに対し、映画版は登場人物たちの感情の解放と救済を描くヒューマンドラマへと舵を切っています。特に、映画オリジナルのエピローグは、物語のテーマを見事に昇華させ、観る者に深い感動とカタルシスを与えてくれます。原作ファンも、この見事な「翻訳」には唸らされることでしょう。
気になった点
本作は非常に評価の高い作品ですが、観る人によってはいくつかの点が気になるかもしれません。
最も多く聞かれるのが、「前半の展開が少しゆっくりに感じる」という点です。物語の構造上、序盤は状況設定と登場人物たちの紹介に、意図的に多くの時間が割かれます。次々と事件が起こるスリリングな展開を期待する方にとっては、この丁寧な描写がやや退屈に感じられてしまう可能性があります。しかしこの「遅さ」は、登場人物たちが置かれた「オーディション」という虚構のリアリティを観客にじっくりと刷り込み、後半でその前提が崩れた時の衝撃を最大化するための、計算された演出とも言えるでしょう。
また、純粋なミステリーとしての「驚き」を最優先する方にとっては、結末のトリックがやや強引に感じられたり、犯人当てのロジックが弱いと感じられたりするかもしれません。本作のトリックは、物理的な証拠やアリバイ工作を積み上げる伝統的な推理ものとは異なり、登場人物たちの心理操作や「役者としての在り方」そのものが謎解きの鍵となります。そのため、明快な伏線回収や論理的な解決を好む方からすると、少し肩透かしを食らったような印象を受ける可能性があります。
しかし、これらの点は本作の欠点というよりも、作品が持つ独自の特性と捉えるべきでしょう。この映画は、殺人事件の謎解きそのものよりも、追い詰められた役者たちの心理描写や、「演じること」の意味を問うテーマ性に重きを置いています。もし本作を鑑賞するなら、伝統的なミステリーの物差しを一旦横に置き、「役者という人間を描いた心理ドラマ」として向き合うことで、前半の丁寧な描写も、後半の感動を深めるための重要な助走であったことに気づくはずです。
⚠️ この先は、物語の核心に触れるネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。
ネタバレあり|物語の展開と深掘り考察
さて、ここからは物語の真相、すなわち「三重構造」のトリックと、その先に隠されたテーマについて、深く考察していきます。
第一のどんでん返し:「復讐劇」の開幕
物語の終盤、このオーディションが劇団の演出家・東郷によるものではなく、偽りの計画であったことが判明します。
真の主催者は、かつて劇団の天才女優であった麻倉雅美(森川葵)でした。彼女は過去、オーディション落選直後に起きた事故で、女優として致命的な障害を負います。その事故の原因を作ったのが、今回の参加者である笠原、元村、雨宮の3人でした。
この偽オーディションは、彼らへの復讐のために麻倉が仕組んだ壮大な「復讐劇」だったのです。彼女は別室のモニターで3人が恐怖に怯える姿を監視し、満足感に浸っていました。参加者たちが感じていた「これは本物の事件かもしれない」という恐怖は、麻倉の脚本通りだったのです。
第二のどんでん返し:本当の目的は「救済劇」
しかし、物語はここで終わりません。この復讐劇に協力していたトップ俳優・本多雄一(間宮祥太朗)には、さらに別の目的がありました。
彼の真の狙いは、麻倉を本物の殺人者にも、復讐心に囚われた化け物にもさせないこと。つまり「彼女を救う」ことでした。
本多は麻倉に内緒で、復讐のターゲットである3人に事前にすべてを打ち明け、「麻倉の復讐劇が成功したように見せかけるため、殺される役を演じてほしい」と依頼していたのです。
つまり、山荘で起きていたことは、
- 第1層:東郷演出の「オーディション」(表向きの嘘)
- 第2層:麻倉演出の「復讐劇」(仕掛けられた嘘)
- 第3層:本多演出の「救済劇」(本当の真実)
という、三重構造の劇中劇でした。本多は、演劇の力を使って麻倉の歪んだ復讐心を昇華させ、彼女を憎しみから解放しようとしたのです。この壮大な計画こそが、本作のトリックの核心であり、テーマそのものを体現しています。
テーマとメッセージの読み解き
本作の根底に流れるテーマは、「役者の業(ごう)」と「芸術による救済」です。
役者という職業は、他人の人生を生きる仕事です。それは時に、激しい嫉妬や憎悪、野心といった負の感情を生み出します。麻倉の復讐心は、まさにその「業」の暗黒面でした。
しかし、本多は同じ「業」の力、すなわち演劇の力を使って、彼女を救おうと試みます。被害者役を演じた3人もまた、演じることを通して自らの罪と向き合い、贖罪を果たそうとします。そして、部外者であった久我は、この一部始終を新たな「脚本」として書き起こし、全員を再び舞台の上へと導きます。
映画のラストシーン、彼らが舞台の上で喝采を浴びる姿は、憎しみや絶望でさえも、芸術の力によって希望へと昇華できるという力強いメッセージを伝えています。二重三重の嘘の先に見えたのは、演劇という芸術そのものへの、そしてそこで生きる人々への、温かい賛歌なのです。
この映画をおすすめしたい人
- 東野圭吾作品のファンの方
- 一筋縄ではいかない、ひねりのあるミステリーが好きな方
- 「劇中劇」や「メタ構造」といった仕掛けに魅力を感じる方
- 役者たちの心理描写が光る、重厚な人間ドラマを観たい方
- 重岡大毅さん、間宮祥太朗さんなど、出演俳優のファンの方
逆に、テンポの良いアクションや、派手なドンデン返しを期待する方には、少し物足りなく感じるかもしれません。
まとめ・総評
映画『ある閉ざされた雪の山荘で』は、「映像化不可能」という高いハードルを、大胆かつ誠実な脚色で見事に乗り越えた傑作です。
原作の持つ知的な面白さを、映画ならではの視覚的なトリックと、登場人物たちの感情的な救済の物語へと昇華させた手腕は見事というほかありません。
単なるミステリー映画の枠に収まらず、「演じることとは何か」「芸術は人を救えるのか」という普遍的なテーマに正面から向き合った、非常に野心的な作品です。若手実力派俳優たちが織りなす魂のアンサンブルと、幾重にも重なった嘘の先に見える、切なくも温かい真実。ぜひ、その目で確かめてみてください。
English Summary
Aru Tozasareta Yuki no Sansō de (In a Sealed Snowy Mountain Lodge) – Full Review, Synopsis & Analysis
TL;DR
Aru Tozasareta Yuki no Sansō de is a Japanese mystery thriller set in a snowbound lodge, blending the classic “closed circle” trope with meta-theatrical structure. What begins as an audition game evolves into real life-or-death stakes, with layers of deception, revenge, and salvation woven into a triple-layered plot.
Background and Context
The film is adapted from a novel by Keigo Higashino. Released in 2024, it is directed by Ken Iizuka. The story experiments with the challenge of bringing a “novel with narrative tricks” into cinematic form, turning what was once considered “unfilmable” into a visually and thematically rich work.
Plot Summary (No Spoilers)
Seven actors are invited to a secluded mountain lodge under the pretense of auditioning for a new play. They are told that over the next four days, they will enact a fictional murder mystery wherein the lodge is isolated by heavy snow. On the second day, one “actor” disappears (presumed murdered), and soon another vanishes in ways that suggest a real crime. With external contact severed and tensions rising, they must navigate whether the events are part of the performance or something far more sinister.
Key Themes and Concepts
- Closed Circle + Play within a Play — The film fuses the locked-room mystery setting with meta drama, constantly blurring boundaries between fiction and reality.
- Deception & Truth — Multiple layers of plot trickery invite viewers to question whose “script” is real.
- Art, Guilt & Catharsis — The characters, many of them actors, carry personal traumas and sins; the murder game forces them into confrontation and, ultimately, emotional release.
- Redemption through Performance — The motif of “acting” becomes a vehicle for healing, confession, and transformation.
Spoiler Section & Analysis
Toward the climax, it is revealed that the entire audition setup was a façade orchestrated by one of the actors, Asakura Masami, seeking revenge on three participants for a past accident that derailed her career. However, another actor, Honda Yūichi, secretly reworked the plan to turn the vengeance into a “salvation drama,” helping Asakura face her guilt. The story is structured in three nested layers of dramatic intent:
- The “official audition” (layer 1)
- Asakura’s revenge drama (layer 2)
- Honda’s redemptive re-writing (layer 3)
In this way, the film transcends pure mystery and becomes a statement about the power of narrative — that through storytelling, even hurt and betrayal can be transformed.
Conclusion
Aru Tozasareta Yuki no Sansō de succeeds not only as a mystery but as an ambitious psychological drama that interrogates the nature of performance, guilt, and redemption. It reimagines what “unfilmable” can mean by using cinematic tools to mirror the novel’s narrative complexity. For fans of puzzles, meta narratives, and emotional tension, this film offers a compelling and layered experience.
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