アイスランドという選択――『地底探検』における「辺境」の地政学的・神話的意味

目次

はじめに――なぜ「アイスランド」なのか

1959年の映画『地底探検』(Journey to the Center of the Earth)は、ジュール・ヴェルヌの古典的冒険小説を映像化した作品である。

地質学者リンデンブロック教授が、16世紀の暗号文を手がかりに地球の中心を目指すという物語だが、その出発点として選ばれたのがアイスランドのスネフェルス火山である。

アイスランド西部のスナイフェルス半島にある成層火山の山頂
スナイフェルスヨークトル山頂
出典:Wikipedia

なぜアイスランドなのか。なぜ、地底への入口は、ヨーロッパの中心ではなく、北の果ての島でなければならなかったのか。

この問いは、単なる地理的選択の問題ではない。19世紀ヨーロッパにおける「辺境」の意味、そして神話的想像力が交差する地点として、アイスランドという場所が持つ地政学的・文化的な磁場を浮かび上がらせる。

本稿では、『地底探検』におけるアイスランドの選択を、地政学・神話学・冒険文学史の三つの視点から考察する。


1. 地政学的辺境としてのアイスランド――「ヨーロッパの外部」という位置

1-1. 19世紀における「辺境」の意味

ジュール・ヴェルヌが『地底旅行』(1864年)を執筆した19世紀半ばは、ヨーロッパ列強による植民地拡大と科学的探検の時代であった。アフリカ、アジア、極地――未踏の地は次々と「発見」され、地図は埋められていった。

しかし、アイスランドは植民地ではなく、征服の対象でもなかった。それはヨーロッパ文明圏の「内部の外部」とでも呼ぶべき場所である。

地理的にはヨーロッパに属しながら、文化的・政治的には周縁に位置する島。デンマークの支配下にありながら、独自の言語と文化を保持していた。

北欧でのアイスランドの位置を示す地図
アイスランドは北ヨーロッパの北大西洋上に位置しており、グリーンランドとノルウェーの間にあり、 アイスランドの一部は北極圏に含まれている。
引用元:icevel(アイスベル)

この「内部の外部」という位置が、地底への入口として機能する。なぜなら、地底とは既知の世界の外側にある未知であり、その入口もまた、文明の中心から離れた場所でなければならないからだ。

1-2. 火山という「穴」の地政学

アイスランドのレイキャネス半島にある火山は、何世紀もの間、休火山だった。その火山が1年足らずのうちに2度噴火し、赤く燃える溶岩を空中に噴出した。
引用元:ナショナルジオグラフィック 

アイスランドは火山島である。スネフェルス火山をはじめ、島全体が地殻活動の痕跡に満ちている。

火山は、地表と地底をつなぐ自然の穴である。それは人間が掘った穴ではなく、地球そのものが開けた穴だ。この「自然が用意した入口」という設定が、物語に正当性を与える。

もしこれがパリやロンドンの地下であれば、それは「人工的な掘削」の物語になる。しかしアイスランドの火山であれば、それは「自然が許した侵入」となる。辺境の火山は、地底への正統な入口として機能するのである。


2. 神話的空間としてのアイスランド――北欧神話と「異界への扉」

2-1. 北欧神話における「下界」の系譜

ユグドラシル(世界樹)
引用元:Wikipedia

アイスランドは、北欧神話の伝承が色濃く残る土地である。『エッダ』に代表される神話体系では、世界はユグドラシル(世界樹)によって支えられ、その根は地下深くへと伸びている。

地下には、死者の国ヘルヘイムや、巨人族の住むヨトゥンヘイムといった異界が存在する。つまり、北欧神話において「地下」とは、単なる物理的空間ではなく、異界そのものである。

『地底探検』がアイスランドを選んだ背景には、この神話的想像力がある。地底への旅は、科学的探検であると同時に、神話的な異界訪問でもある。リンデンブロック教授たちは、近代科学の装備を持ちながら、神話の構造をなぞっているのだ。

2-2. 「辺境」と「中心」の反転

神話学者ミルチャ・エリアーデは、聖なる空間には「世界の中心(axis mundi)」が存在すると論じた。それは山であったり、神殿であったり、あるいはであったりする。

アイスランドの火山は、地理的には辺境でありながら、神話的には世界の中心である。地表と地底をつなぐ軸として、そこは「辺境であるがゆえに中心となる」逆説的な場所なのだ。

『地底探検』は、この逆説を巧みに利用している。物語は、文明の中心(エディンバラ)から辺境(アイスランド)へと移動し、そこからさらに地底(世界の中心)へと降下する。この二重の移動が、物語に深みを与えている。


3. 冒険文学史における「北方」の意味――ロマン主義と未踏の地

3-1. ロマン主義と「崇高なる自然」

19世紀ロマン主義は、「崇高(sublime)」という美学概念を重視した。それは、人間の理解を超えた圧倒的な自然の力に対する畏怖と魅惑である。

アイスランドの風景――荒涼とした溶岩台地、氷河、間欠泉、火山――は、まさに「崇高なる自然」の典型である。それは美しいだけでなく、恐ろしく、人間を圧倒する。

ヴェルヌがアイスランドを選んだのは、この「崇高」の美学と無関係ではない。地底への入口は、日常的な風景の中にあってはならない。それは、人間の尺度を超えた自然の中にこそふさわしい。

3-2. 「北方」への憧憬と恐怖

19世紀ヨーロッパにおいて、「北方」は特別な意味を持っていた。それは未開であり、原始的であり、同時に神秘的でもあった。

メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818)も、物語の枠組みは北極探検である。怪物を追う科学者は、最果ての地で対峙する。この「北方=極限」という構図は、冒険文学の定型となった。

『地底探検』もまた、この系譜に連なる。アイスランドは「北方」であり、そこから地底へ降りることは、二重の極限への挑戦である。水平方向(北へ)と垂直方向(下へ)の移動が重なることで、物語は強度を増す。


4. 映画版(1959)における「アイスランド」の表象

4-1. 視覚的説得力としての「辺境」

1959年の映画版『地底探検』では、アイスランドの風景が重要な役割を果たしている。実際にアイスランドでロケが行われたわけではないが、セットや特撮によって再現された火山や溶岩洞窟は、視覚的な「辺境性」を強調している。

「地底探検」ワンシーン
引用元:パラディオン

観客は、この荒涼とした風景を見ることで、「ここは日常の延長ではない」と感じる。アイスランドという舞台設定は、物語世界への心理的な境界線として機能するのである。

あわせて読みたい
映画『地底探検』(1959)レビュー|あらすじ・見どころ・ネタバレ考察を徹底解説 1959年に公開された映画『地底探検』は、ジュール・ヴェルヌの壮大な冒険小説を原作に、ハリウッド黄金時代の技術を駆使して生み出されたSFアドベンチャーの傑作です。...

4-2. 冷戦期における「辺境」の再解釈

1959年という制作年も重要である。冷戦期のアメリカにおいて、「辺境」は新たな意味を帯びていた。宇宙開発競争が始まり、未知のフロンティアは「外」(宇宙)へと向かっていた。

しかし『地底探検』は、あえて「内」(地底)を選ぶ。この選択は、宇宙時代におけるもう一つの未知を提示する試みとも読める。そして、その入口としてのアイスランドは、冷戦期の地政学的地図においても、NATO加盟国でありながら軍事的には周縁に位置する、象徴的な場所であった。


5. 結論――「辺境」が開く「中心」への道

『地底探検』におけるアイスランドの選択は、単なる舞台設定ではない。それは、地政学的・神話的・文学史的な複数の意味が交差する、戦略的な選択である。

アイスランドは、ヨーロッパの辺境でありながら、地底への入口として世界の中心となる。それは、近代科学の探検でありながら、神話的な異界訪問でもある。そして、19世紀ロマン主義の「崇高なる自然」を体現しながら、20世紀冷戦期の「もう一つのフロンティア」をも示唆する。

この多層的な意味の重なりが、『地底探検』という物語に深みを与えている。

では、なぜ物語は「辺境」から始まらなければならないのか。

それは、中心には入口がないからである。文明の中心は、すでに知られ、地図に描かれ、説明され尽くしている。未知への扉は、常に周縁にしか開かない。

アイスランドという選択は、この冒険文学の根本原理を体現している。辺境こそが、世界の奥底へと続く道なのだ。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次