愛かプライドか?クレスピ博士の歪んだナルシシズムを解剖する

1935年に公開されたリパブリック・ピクチャーズの怪奇映画『The Crime of Doctor Crespi』(邦題:ドクター・クレスピの犯罪/クレスピ博士の犯罪)は、エドガー・アラン・ポーの「早すぎた埋葬」を下敷きにした低予算ホラーである。

出典:YouTube

しかし、この映画を単なる「B級怪奇譚」として片付けるわけにはいかない。そこには、映画史にその名を刻む巨匠であり怪優、エリッヒ・フォン・シュトロハイムが演じるアンドレ・クレスピ博士の、底知れぬ「闇」が刻印されているからだ。

物語の表層的な動機は、ありふれた「三角関係のもつれ」である。かつて自分が愛した女性を奪った同僚医師への復讐。しかし、スクリーンに映し出されるクレスピ博士の言動を丹念に追うとき、我々はある違和感を抱くことになる。果たして、この復讐の原動力は本当に「愛」だったのか?

今回は、クレスピ博士の異常な心理構造を解剖し、彼が元同僚を生き埋めにした「本当の理由」について考察してみたい。

目次

失われた愛か、傷つけられた自尊心か

劇中、クレスピ博士はかつての恋敵であるスティーブン・ロス博士の手術を引き受ける。表向きは和解し、命を救うためにメスを握る聖人のような振る舞いだ。しかし、その裏で彼はロス博士に特殊な薬を投与し、仮死状態にして生き埋めにする計画を立てていた。

動機について、映画は「かつて愛した女性エステルを奪われた恨み」と説明する。だが、シュトロハイムの演技からは、失恋の悲哀や未練といった湿っぽい感情は微塵も感じられない。

もし彼が純粋にエステルを愛しており、彼女の幸せを願っていたのであれば、彼女を未亡人にするような残酷な復讐を選ぶだろうか。あるいは、彼女を取り戻したいという情熱があるなら、もっと別の略奪方法があったはずだ。

出典:notreCinema

クレスピ博士の行動原理に見え隠れするのは、対象への愛着ではなく、「私の所有物になるはずだったものを奪った」という事実に対する、肥大化したプライドの侵害への怒りである。彼にとってエステルは愛する女性である以前に、自尊心を満たすためのトロフィーだったのではないか。そう考えると、彼の冷徹な狂気に合点がいく。

「生殺与奪」を握る快楽

この映画で最も戦慄すべきシークエンスは、仮死状態になったロス博士の枕元で、クレスピ博士が独白するシーンである。

彼は動けないロスに対し、タバコを吹かしながら優雅に語りかける。自分が何をしたのか、これから何が起こるのか。意識はあるが身体が動かない被害者に対し、これから訪れる死の恐怖をじっくりと説明するその姿は、サディズムの極みだ。

出典:IMDb

ここで注目すべきは、クレスピ博士が一度は外科医として完璧な手術を行い、ロスの命を(医学的には)救っている点である。彼はロスを医療ミスで殺すこともできたはずだ。しかし、彼はそうしなかった。

「私は君の命を救った。だが、その命をどうするかは私が決める」

クレスピ博士が欲したのは、単なる相手の死ではない。「生かすも殺すも私の意のままである」という、神のごとき全能感の確認だったのだ。一度救ってみせることで自らの天才的な技術を証明し、その上で相手を地獄へ突き落とす。

このプロセスを経ることで、彼は自らの支配欲を極限まで満たそうとしたのである。

異常なナルシシズムの結末

エリッヒ・フォン・シュトロハイムという俳優は、「あなたが憎むことを愛する男(The Man You Love to Hate)」と呼ばれた。本作における彼の演技は、まさにその真骨頂である。常に背筋を伸ばし、尊大な態度で周囲を見下すクレスピ博士の姿は、単なるマッド・サイエンティストを超え、歪んだナルシストの肖像画として完成されている。

彼が犯した「犯罪(Crime)」とは、法的な殺人にとどまらず、人間が踏み越えてはならない倫理的な一線、すなわち「他者の尊厳を完全にコントロールしようとした傲慢さ」にある。

映画のラスト、自身の企みが露見したクレスピ博士がとる行動もまた、彼の異常なプライドを象徴している。彼は法の裁きを受けることも、他人に断罪されることも拒絶する。最後まで「自分の運命は自分で決める」という支配権を手放さなかったのだ。

『The Crime of Doctor Crespi』は、愛憎劇の皮を被った「エゴの暴走」の物語である。生き埋めにされたロス博士の恐怖もさることながら、本当に恐ろしいのは、傷ついたプライドを修復するためなら、他者を地獄へ突き落とすことさえ「正当な権利」だと信じて疑わない、クレスピ博士の孤独な魂なのかもしれない。

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