倫理と愛の境界線|映画『夏目アラタの結婚』が描いた結婚の意味

『夏目アラタの結婚』は、原作となる乃木坂太郎の漫画を基にした映画であり、強烈な設定が特徴である。映画はサスペンス要素を含みながらも、最終的には「救えない相手を愛してしまう物語」としての側面が強調され、原作とは異なるテーマへとシフトしている。

出典:Warner Bros. – ワーナー・ブラザース

ここでは映画版のあらすじ、原作との違い、そして映画が描き出したテーマについて詳細に考察していく。

目次

主要スタッフ

監督は『TRICK』『SPEC』『十二人の死にたい子どもたち』などで知られる堤幸彦、原作は乃木坂太郎『夏目アラタの結婚』(ビッグコミックスペリオール連載)である。

脚本は『翔んで埼玉』『かぐや様は告らせたい』などの徳永友一、音楽はGabriele Roberto/A-bee/ノグチリョウのトリオが担当する。

主題歌はオリヴィア・ロドリゴ「ヴァンパイア」(日本語詞監修:乃木坂太郎)で、配給はワーナー・ブラザース映画となっている。

主要キャスト

夏目アラタ:柳楽優弥
元ヤンキー気質の児童相談所職員で、死刑囚・真珠にプロポーズしてしまう主人公。

品川真珠:黒島結菜
連続バラバラ殺人事件「品川ピエロ」の犯人として死刑判決を受けた若い女囚。

宮前光一:中川大志
真珠の弁護士で、事件の再検証と真珠の証言に向き合うキーマン。

桃山香:丸山礼
児童相談所の職員でアラタの同僚。暴走しがちなアラタにツッコミを入れる存在。

大高利郎:立川志らく
児童相談所の所長で、現場と組織の板挟みになる管理職ポジション。

桜井健:福士誠治
「品川ピエロ」事件を担当する検事。

三島正吾:平岡祐太
真珠と深く関わる男で、原作では“父/ストーカー”的ポジションにいる人物。

品川環:藤間爽子
真珠の母で、彼女の人格形成と犯罪の背景に大きな影響を与える存在。

藤田信吾:佐藤二朗
事件やメディア、司法をつなぐ役割を担うキャラクター。

映画版『夏目アラタの結婚』詳細あらすじ(ネタバレ)

映画『夏目アラタの結婚』は、元ヤンキーで児童相談所職員の夏目アラタが、担当少年・山下卓斗から頼まれ、連続バラバラ殺人犯「品川ピエロ」として報道される死刑囚・品川真珠に会うところから始まる。

卓斗は父親を「品川ピエロ」に殺され、その首の行方を知るためにアラタに面会を依頼する。卓斗はアラタの名前を使って真珠と文通しており、アラタはその身代わりとして拘置所で真珠と面会することになる。

真珠とのファーストコンタクト

出典:x.com

    拘置所の面会室に現れた品川真珠(黒島結菜)は、報道で語られる「凶悪犯」のイメージとは異なり、華奢で人形のように整った若い女性であり、その美しさにアラタは一瞬戸惑う。

    しかし、会話を交わす中で、真珠は底の知れない狂気と無邪気さを併せ持つ危険な存在であることが次第に分かってくる。

    真珠はアラタの目の前で、彼が文通相手の「夏目アラタ」でないことをすぐに見抜き、興味を失い面会を切り上げようとする。

    異常なプロポーズと20分の心理戦

    出典:x.com

      焦ったアラタは、とっさに「じゃあ俺と結婚しようぜ!」とプロポーズする。この唐突な言葉に、真珠は強く興味を示し、面会を続けることになる。ここから二人の奇妙な関係が始まる。

      毎回、面会は「20分」の制限時間で行われ、アラタは「婚約者」として振る舞いながらも、真珠から首の行方に関する情報を引き出そうと試みる。一方、真珠はアラタの言動を見抜こうとし、彼を巧妙に翻弄していく。

      事件の真相と真珠の過去

      出典:BANGER!!!(バンガー)

        映画では、「品川ピエロ」と呼ばれる連続殺人事件の詳細な捜査は大きく省略されるが、真珠の過去や彼女の家庭環境について少しずつ明らかになる。

        真珠の母・環(えん)との歪んだ共依存的な関係、実父のストーカー行為、そして周防英介という特別な人物の存在が浮かび上がり、真珠がどのような背景から殺人を犯したのか、徐々にその真相が見えてくる。

        しかし、映画はこれらの詳細を深掘りせず、あくまで真珠の「孤独」と「歪んだ欲望」に焦点を当てている。

        婚姻届と“本当に結婚する二人”

          アラタは初めは「卓斗のために事件の真相を探る」という大義名分を持って真珠と面会していたものの、次第に真珠の情緒不安定で傷ついた一面に触れることになる。真珠は一見すると「怪物」のように見えるものの、アラタは彼女の孤独と向き合わせていく中で、単なる「加害者」としてだけでは見られなくなっていく。

          アラタは、最初のうちは面会を「事件のため」に続けていたものの、真珠との関係が進むにつれて彼女に対する感情が変化し、最終的に婚姻届を用意して真珠に結婚を申し込むことになる。白いタキシードを着たアラタが婚姻届を真珠に見せると、真珠は号泣し、二人は正式に結婚することになる。

          法廷とメディアの騒動

            映画のクライマックスには、真珠の控訴審の法廷が描かれる。真珠は法廷で「死刑でいい」と述べつつ、アラタとの結婚について語り、メディアはこれを「死刑囚との獄中結婚」としてセンセーショナルに報じる。

            アラタはこの報道に対して世間から激しい反発を受けるが、彼は真珠との「夫婦関係」を続ける決意を固め、最終的には“妻”として彼女を引き受けることを選択する。

            ラストシーン:神前式の幻想

              映画のラストシーンでは、真珠とアラタが神前式を挙げるイメージが描かれる。この神前式のシーンは、現実には決して実現しない幻想であることが強調され、二人が「結婚したい」という切実な願いと、現実的にはありえない関係を反映した幻想として示される。

              アラタは、「世界を変えることも、真珠を完全に救うこともできない」と理解しつつも、「夫として彼女の孤独に寄り添い続ける」と決意する。物語は、アラタが真珠に寄り添い続けることを誓い、「20分の面会を続ける夫」という立場で終わりを迎える。

              原作との違い

              出典:anemo(アネモ)

              映画版は、原作の複雑な構造やサスペンス的要素を大幅に圧縮し、「アラタと真珠の異常な愛情」に焦点を当てたラブストーリーへと再構築されている。

              原作では、連続バラバラ殺人事件「品川ピエロ」の真相や、家族の病理が重厚に描かれる一方で、映画ではそれらの多くを削り、「二人の感情線」に集中している。そのため、映画版は事件の詳細な真相を掘り下げるよりも、「救えない相手を愛してしまう物語」としての側面が強調されていると言える。

              映画は、サスペンスとしての要素をほとんど排除し、「真珠が犯した罪」「アラタがどうして彼女を受け入れるのか」という倫理的な問題に重点を置いている。原作では「事件が誰によって引き起こされたのか」「犯人の責任はどこまで問われるべきか」といった問題が詳細に扱われるが、映画ではこれらの要素は最小限に抑えられ、二人の感情の葛藤が際立つように編集されている。

              映画オリジナルのテーマ

              映画版『夏目アラタの結婚』が最も強調したのは、「救えない相手を、それでも愛してしまう」というテーマである。

              真珠は死刑囚であり、実際に複数の人を殺しているが、アラタは彼女が抱える孤独や歪んだ愛情に触れるうちに、彼女に対して情を抱くようになる。アラタは、真珠が本当に救われることはないと理解しつつも、「夫」として彼女を引き受けることを選択する。この選択は倫理的に間違っているとされるかもしれないが、映画はその“間違い”を断罪することなく、むしろその感情に共感を呼び起こす。

              映画のラストシーンでは、二人が想像の中で神前式を挙げるイメージが描かれる。このシーンは、表面的には「死刑囚との純愛」をロマンチックに見せるものの、実際には「現実では決して実現しないかもしれない、二人の希望」に過ぎないことが強調されている。この“幻想”が映画の最後に置かれることで、観客に強い余韻を残し、物語の残酷さを際立たせている。

              結論

              出典:モデルプレス

              映画版『夏目アラタの結婚』は、原作の持つサスペンス要素や複雑な家族の闇を大胆に削ぎ落とし、代わりに「倫理的に間違っていると分かっていても、愛してしまう」というテーマに焦点を当てた作品である。アラタと真珠の関係は、一般的な視点からすれば「間違い」であり、社会的にも許されることのない絆であるが、映画はその感情の深さと人間的な弱さを描くことに成功している。

              ラストシーンの神前式は、二人にとっての幻想であり、現実の厳しさを突きつける残酷なものとして描かれる。このようなテーマは、観客に深い印象を与えると同時に、物語を一層強烈に記憶に残す要素となっている。

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