映画『木枯し紋次郎』詳細解説──「あっしにはかかわりあいのないことでござんす」の残酷な意味

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はじめに

1972年、テレビドラマ「木枯し紋次郎」が高視聴率を続け、橋幸夫による舞台化も実現するなど、紋次郎旋風が日本中を席巻していた。

そんな中、東映は数本の時代劇製作を決定し、中村錦之助や北大路欣也ら元東映スターを起用した企画と並行して、菅原文太の特異な味を活かした時代劇を模索していた。菅原自身も時代劇への希望を持っており、こうして『木枯し紋次郎』の映画化が実現したのである。

出典:www.amazon.co.jp

監督は中島貞夫、脚本は山田隆之と中島貞夫の共同、そして主演に菅原文太、共演には伊吹吾郎、小池朝雄、江波杏子といった実力派が名を連ねた。

本作は、テレビ版では扱われなかった原作エピソード「赦免花は散った」を映画化したものであり、紋次郎という孤独な渡世人の本質を、徹底的に突き詰めた傑作である。

作品の位置づけ──テレビ版との差異

テレビシリーズで中村敦夫が作り上げた紋次郎像は、やや涼やかで皮肉めいた風情を持つキャラクターとして記憶されている。

対して映画版の菅原文太は、肉体性と荒んだ虚無を前面に出した紋次郎像を提示している。

出典:シネマの流星 – はてなブログ

島の噴火や島抜けのアクション、血で血を洗う舟上の惨劇など、東映任侠路線の文法をそのまま股旅物に移植したようなダイナミズムが、紋次郎の孤独をいっそう際立たせているのである。

ヒロインとなる二人の「お夕」を江波杏子が一人二役で演じている点も重要である。これは作品全体の主題である「赦し」「裏切り」「関わりの断絶」を象徴的に担う演出であり、紋次郎が女性との関係において徹底的に破局を繰り返す運命を暗示している。

あらすじ──裏切りと絶望の連鎖

日野宿での出会いと身代わり

上州無宿の木枯し紋次郎は、ある雨の夜、一宿一飯の恩に報いるため、やくざの出入りの助っ人として刀を抜く。その場で同じく助っ人に入っていた日野宿のやくざ・左文治と相部屋になり、互いの腕と度胸を認め合った二人は、兄弟分のような関係を結ぶ。紋次郎は左文治のいる日野宿に逗留することになるのである。

日野宿には、貸元であり十手預かりでもある井筒屋仙松が権勢を振るっていた。ある日、男に追われる娘お夕を竹林で匿い、それをきっかけにお夕は何度も紋次郎のもとを訪ねる。しかし渡世人である紋次郎は一線を越えない。そんなお夕が仙松に手籠めにされかけ、左文治が激昂の末に仙松を斬り殺してしまう。

罪を負った左文治は、病床の母の死に水だけは取りたいと紋次郎に縋る。紋次郎は「母親の最期を看取ったら自首する」という約束を信じ、仙松殺しの罪を自らかぶり、捕縛される。紋次郎を乗せた三宅島行きの流人船が出る日、小舟に乗ったお夕が船を追い、紋次郎がそれを見つめる中、船から海へ身を投げてしまう。

紋次郎はどうすることもできないまま、船は遠ざかっていく。

三宅島の流人生活と「赦免花」

流刑地・三宅島での生活は苛酷である。食べるものにも事欠き、多くの流人は島民から仕事をもらうか、身体を売ったり盗みを働いたりして、かろうじて生き延びている。島の断崖には二本の蘇鉄が立っており、そこに赤い花が咲くと赦免船が来ると信じられていて、流人たちはその花を「赦免花」と呼び、希望を託していた。

島には、元漁師の捨吉、元遊女のお花、性犯罪で流された源太など、過去を背負った者たちが流れ着いている。伊吹吾郎演じる清五郎は、捨吉をリーダーとする島抜け一味に紋次郎を引き入れようとするが、紋次郎は首を縦に振らない。

紋次郎が島抜けを拒む理由は二つあった。一つは、仙松殺しの真相である。元凶は左文治であり、紋次郎は左文治の母を看取らせるために身代わりで罪を引き受けたという経緯があった。もう一つは、島に「もう一人のお夕」がいることだった。彼女は愛する男のために身を売り、その男に裏切られた末に男を殺害してしまい、流されてきた女囚である。

この島のお夕は妊娠しており、他の流人からも島民からも厄介者扱いされている。紋次郎はそんなお夕の面倒を淡々と見てやり、ときに仕事も融通する。お夕は、伝馬町の牢で役人から「いつか情状酌量で赦免されるかもしれない」と言われた言葉だけを支えに生きており、島の「赦免花」にも希望を重ねていた。

半年ぶりに赦免状を載せた流人船が島にやって来る。流人たちは息を呑んで名前の読み上げを待つが、お夕の名はどこにもない。絶望したお夕は、「赦免花はとうとう咲かなかった」と紋次郎に言い残し、断崖から身を投げる。紋次郎は引き留められず、二人目のお夕もまた自ら死を選ぶのを見送ることになるのである。

悲惨な島抜けと清五郎の告白

新たに島へ流されてきた流人・亀蔵から、紋次郎は衝撃的な事実を聞かされる。左文治の母は、前年の暮れにはすでに死んでいたというのだ。つまり左文治は母の死後も自首せず、紋次郎の犠牲に甘えてのうのうと生きていたことになる。この瞬間、紋次郎を島に縛りつけていた「義理」は消え失せる。紋次郎は、捨吉・清五郎・源太・お花・拾吉らとともに島抜けに加わることを決める。

折しも三宅島の火山が大噴火を起こし、島は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。一行はその混乱に紛れて舟を奪い、荒海へ漕ぎ出す。しかし舟の上では、すぐに利害の対立が露わになる。源太とお花は互いにしがみつきながらも、恐怖と欲望の入り混じった醜態をさらし、捨吉は「島抜けの秘密を知る者は少ない方がいい」と考えて、二人をまとめて斬り捨てる。

嵐に襲われた舟は翻弄され、残った紋次郎・清五郎・捨吉の三人は、伊豆の浜辺に漂着する。先に意識を取り戻した清五郎は、欲にかられて捨吉の刀を奪おうとするが、逆に斬られて深手を負う。そこへ目を覚ました紋次郎が現れ、小刀一本で捨吉を仕留めて清五郎を救い、水車小屋で応急手当を施す。

紋次郎は賭場に出入りして金を作り、清五郎を養生させようとするが、その賭場に出入りしていた者の中には、流人崩れの風体を覚えていた者もいた。やがて賭場筋から刺客が水車小屋を囲み、清五郎は錯乱したように紋次郎に斬りかかる。紋次郎が斬り返す寸前、清五郎は、自分が牢番から「赦免と引き換えに紋次郎を殺せ」と持ちかけられていたこと、そしてその背後に左文治の影があることを告白して息を引き取る。

日野への帰還と真相、そして旅立ち

左文治(小池朝雄)
出典:星屑シネマ – はてなブログ

紋次郎は日野宿を目指して街道を歩く道すがら、何度も命を狙われる。刺客たちを斬り捨てる過程で、左文治が自分の命まで奪おうとしていた事実を確信する。ようやく左文治の家に辿り着いた紋次郎は、そこで信じがたい光景を見る。死んだはずのお夕が、左文治の妻として生きていたのである。

仙松を斬った時、お夕の腹にはすでに左文治の子が宿っていた。左文治とお夕は、子どもの将来と自分たちの生活を守るために、紋次郎を身代わりに仕立て、さらに牢番を使って紋次郎抹殺まで企てていたことが明らかとなる。左文治は今や仙松の後釜として十手を預かり、権力を笠に着て日野宿の顔役としてのし上がっていた。

紋次郎は長楊枝を武器のように操り、まず左文治の目を潰す。視力を奪われた左文治はなすすべもなく斬り捨てられ、兄弟分の縁は血煙の中で断ち切られる。お夕は、腹の子の父を殺された絶望の中で、「父なし児を育てていけない。私とこの子を斬ってくれ」と紋次郎に懇願するが、紋次郎は刀を向けない。そして、テレビシリーズでも知られる決め台詞「あっしにはかかわりあいのないことでござんす」と言い残し、背を向ける。

紋次郎は日野宿を去り、再び街道を一人歩いていく。口にくわえた長楊枝の隙間からヒューッと風が鳴り、木枠しのような音だけが、彼の背中を押すかのように鳴り続けるのである。

「赦免花」が象徴するもの──赦しなき世界

三宅島の断崖に咲く「赦免花」は、罪人たちがかろうじて頼る「赦し」の象徴である。しかし、島のお夕のもとには赦免状は届かず、彼女は「赦免花はとうとう咲かなかった」と言い残して身を投げる。赦しを待ち続けた者ほど、深く裏切られる構図がここにある。

日野宿に戻った紋次郎が直面するのも、別種の「赦されない世界」である。自らの義理立てが踏みにじられ、左文治とお夕は、紋次郎の犠牲の上で家庭を築こうとしている。ここで紋次郎は、誰かに赦されることも、誰かを赦すことも、もはや自分の生き方には必要ないと悟る。

「赦免花」は、本作において二重の意味を持つ。一つは、制度としての赦免──つまり権力側が罪人に恩赦を与えるという形式的な救済である。

もう一つは、人間関係における赦し──裏切られた者が裏切った者を赦すという、より私的で情緒的な行為である。

しかし本作では、そのどちらも機能しない。赦免状は届かず、紋次郎もまた左文治とお夕を赦さない。ただし、紋次郎は彼らを完全に断罪することもしない。そこに、紋次郎という男の複雑な倫理観が垣間見えるのである。

「あっしにはかかわりあいのねえことでござんす」の残酷さ

有名な決め台詞は、しばしば「クールなニヒル」として消費される。しかし本作終盤の文脈で見ると、その響きはきわめて残酷である。紋次郎は、お夕と腹の子を救うことも殺すこともできる立場にありながら、「どちらも選ばない」という第三の選択を取る。それは、情にも義理にも倫理にも拠らない選択であり、彼が「木枯し」としての自己を徹底させる瞬間である。

自分の犠牲を踏み台にして生き延びたお夕と左文治を断罪することはしても、その後始末を引き受けることはしない。そこに、紋次郎というキャラクターの非情な一線がある。彼は復讐者ではあるが、救済者ではない。正義の執行者でもなければ、道徳の体現者でもない。ただ、自分が受けた裏切りに対して、最低限の応答をするだけである。

この台詞が持つ残酷さは、紋次郎が「関わらない」ことによって、お夕をより深い絶望へと突き落とす点にある。父を殺され、殺してくれとまで懇願したのに、それすら拒絶される。お夕は、生きることも死ぬこともできない宙吊りの状態に放置されるのである。

三人のお夕と「関係の断絶」

本作には三人の「お夕」が登場すると整理できる。日野宿で紋次郎が竹林で匿った娘お夕、三宅島の女流人お夕、そして左文治の妻となったお夕である。(日野宿のお夕と左文治の妻のお夕は同一人物)

最初のお夕は、紋次郎にとって「初めて心を寄せた女」でありながら、彼女の真意は最後まで曖昧なままである。彼女が紋次郎のもとを訪ねたのは純粋な想いからだったのか、それとも左文治との関係を隠すための偽装だったのか。紋次郎が一線を越えなかったことが、後の悲劇を生んだとも言える。

島のお夕は、赦しを信じ続けた末に絶望する女であり、紋次郎は彼女に対してかすかな救済の可能性を抱いていたが、それも崖からの飛び降りとともに消える。彼女は、紋次郎が唯一「関わり」を持とうとした相手だったかもしれない。しかし、その関わりもまた、死によって断ち切られる。

最後のお夕は、生きて戻ったはずの「希望」のはずが、実は最も徹底的な裏切りの象徴である。三人のお夕がすべて破局に終わることによって、紋次郎にとって「誰かと深く関わる」という選択肢は完全に封じられるのである。

菅原文太の紋次郎像と東映的世界

その中で、ラストの「長楊枝をくわえ、風と一体になって街道を歩く」ショットは、東映任侠映画における”渡世人の背中”の一つの到達点のように機能する。ここでは、任侠者の”仁義”ではなく、「何も信じず、何にも属さず、それでも歩き続ける」という、よりドライでポスト任侠的なヒーロー像が描かれている。

菅原文太という俳優は、東映任侠映画において「仁義なき戦い」シリーズで知られるが、本作はそれ以前の作品である。ここで菅原が演じる紋次郎は、任侠映画の文法を内包しながらも、それを超えた孤絶の境地に立っている。彼は組織にも属さず、兄弟分との絆すら最終的には断ち切る。残るのは、ただ一人で歩き続ける姿だけである。

結末の余韻と映画としての快感

『木枯し紋次郎』の結末は、物語として見れば救いがない。しかし、映画としては奇妙な爽快感が残る。それは、紋次郎が「赦し」や「義理」という名の幻想を捨て、あくまで一人の無宿者としての自分を選び抜くからである。お夕の涙も、左文治の命乞いも、流人仲間との絆も、すべては道の途中で出会った一過の出来事として、風の彼方へと置き去りにされる。

残るのは、風の音と、背を向けて去っていく男のシルエットだけである。その冷たさこそが、この映画の最大の魅力であり、1970年代東映時代劇の一つの極点だといえる。紋次郎は、誰にも赦されず、誰も赦さず、ただ自分の道を歩き続ける。その孤独な背中に、観客は不思議な解放感を覚えるのである。

本作は、テレビ版の人気に便乗した企画として始まったかもしれないが、完成した作品は、単なる便乗作品の枠を遥かに超えている。中島貞夫監督と菅原文太が作り上げた紋次郎像は、日本映画史における孤高のアンチヒーローとして、今なお強烈な印象を残し続けているのである。

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