1978年に放送された「必殺からくり人・富嶽百景殺し旅」は、必殺シリーズ第13作目にして「からくり人」シリーズの最終作として位置づけられる異色作品です。浮世絵師・葛飾北斎の「富嶽三十六景」をモチーフに、芸能と殺しが融合する独特の世界観を描き出しました。本記事では、この作品の魅力と深層を、様々な観点から掘り下げていきます。
作品概要
基本情報
- 放送期間:1978年8月25日〜11月24日
- 放送時間:毎週金曜 22:00-22:54
- 全14話構成
- 制作:朝日放送、松竹
- 主演:沖雅也
ストーリーの導入
物語は、「出雲太夫一座」(旧・天保太夫一座)が「淫らで不届き」な演目を理由に江戸追放を言い渡されるところから始まります。途方に暮れる一座の前に、江戸の闇の殺し屋の大元締・西村永寿堂与八が現れ、葛飾北斎の「富嶽百景」(実際は「富嶽三十六景」)に隠された悪人退治の依頼を持ちかけます。
主要キャラクター分析
出雲のお艶(山田五十鈴)
一座の座長として強いリーダーシップを発揮する女性。三味線の名手であり、その技を殺しの道具としても使いこなします。前作「新 必殺からくり人」では「泣き節お艶」として登場していた彼女の、新たな挑戦と成長を描いています。
唐十郎(沖雅也)
永寿堂与八配下の凄腕の殺し屋。一座の連絡係兼助っ人として加わります。過去に板前だった経歴を持ち、釣竿に仕込んだ針を武器として使用。常識人として描かれる一方で、必要に応じて冷徹な一面も見せる複雑な人物です。
宇蔵(芦屋雁之助)
一座の番頭格で、お艶の用心棒的存在。どじょう救いの技を活かした独特の殺しの手法を持ちます。
その他の重要人物
虫の鈴平は、江戸家小猫が演じる一座の芸人であり、裏稼業の密偵としても重要な役割を果たします。彼の特技である動物の声帯模写は、情報収集や敵の撹乱に大きな効果を発揮します。芸人としての才能を活かしながら、陰の仕事もこなす二面性を持つキャラクターとして描かれています。
うさぎ役は、高橋洋子から真行寺君枝へと演者が交代しますが、一座の踊り子として、また裏稼業の密偵としても欠かせない存在です。彼女は緑(ふち)の部分が発火するザルを投げ付けて敵を威嚇・牽制するなど、独自の戦術で一座に貢献します。特に若さと機転を活かした活躍は、物語に新鮮さをもたらしています。
葛飾北斎は、小沢栄太郎が演じる天才浮世絵師です。南蛮渡りの高額な絵の具ベロリンを求め、戯作者滝沢馬琴の紹介で永寿堂の仕事を請け負うことになります。芸術への強い執着と破天荒な性格を持ち、時に娘のおえいにまで無理難題を突きつける異様な画家魂の持ち主として描かれています。
おえいは、吉田日出子が演じる北斎の娘で、史実では葛飾応為として知られる浮世絵師です。しかし本作では絵師としての描写は避け、北斎の娘という立場から物語に関わっています。特筆すべきは、実際の登場は第1話と第14話のみながら、オープニングナレーションを担当することで、物語全体に存在感を示している点です。
作品の特徴と見どころ
浮世絵と殺しの融合
本作最大の特徴は、葛飾北斎の「富嶽三十六景」をモチーフとした殺しの物語という設定です。芸術作品に殺しの依頼を隠すという斬新な発想は、時代劇の新たな可能性を切り開きました。
からくり人たちの特殊な殺し技
各キャラクターが持つ独特の殺し技も見どころの一つです:
- 唐十郎:釣竿の仕込み針
- お艶:三味線の撥と仕込み三味線
- 宇蔵:大型魚籠による頭蓋骨粉砕
シリーズ特有の展開
「裏稼業のメンバーが誰も死なない」という、必殺シリーズでは珍しい展開を見せます。これは後の作品「必殺仕舞人」以降のトレンドとなっていきました。
物語の深層分析
江戸時代末期の社会背景
天保の改革期を背景に、幕府の規制強化による庶民の苦境を描いています。芸能人たちが殺し屋として生きていかざるを得ない状況は、当時の社会の歪みを象徴的に表現しています。
芸能と殺しの二面性
芸能人たちが殺しの仕事を請け負うという設定は、表と裏、光と影という二元性を強調します。これは江戸社会の複雑さを表現する効果的な手法となっています。
芸術家としての北斎像
作品では、北斎を単なる浮世絵師としてではなく、芸術に対する強い執着と人間としての欲望を持った生身の人物として描いています。特に最終回での展開は、芸術家の生き様を印象的に描き出しています。
クライマックス:最終回「凱風快晴」の詳細
物語は、北斎自身からの衝撃的な依頼で幕を開けます。「自分を殺してほしい」という突飛な要請に、お艶たちは困惑しながらも事情を探ろうとします。実は北斎は、次々と押し寄せる絵の催促や借金取りから逃れ、自由に絵を描く生活に戻るための方便として、この依頼を持ちかけたのでした。
お艶たちは北斎のため、版元の梅屋と協力して狂言殺人を演出します。一度は成功したかに見えた計画でしたが、ここから物語は予期せぬ展開を見せます。晴れて自由の身となった北斎は、道中で出会った役者・中村歌八の特徴的な顔に魅了され、役者絵に開眼します。この体験に突き動かされ、北斎は再び江戸に戻ってきます。
梅屋の庇護のもと役者絵を描き始めた北斎でしたが、その絵を「東洲斎写楽」の名で売り出そうとする梅屋の策略に激しく反発します。実は梅屋には、北斎の死後にその絵が高騰することを見越して、守山藩の重役と結託し絵を買い占めるという腹案がありました。
事態は急転直下、梅屋は用心棒として雇っていた浪人・赤星に北斎の暗殺を命じます。しかし、梅屋の本性を見抜いた赤星は、逆に北斎を守ろうとします。北斎を逃がした赤星は守山藩の侍たちと壮絶な戦いを繰り広げますが、そのさなか、北斎は戦いの様子を夢中で描き続けていました。
皮肉にも、この芸術への没入が北斎の命取りとなります。逃げ遅れた北斎は侍の凶刃に倒れ、最期まで「すべすべした肌の女を描きたい」と叫びながら、お艶たちに看取られて息を引き取ります。
しかし、物語はここで終わりません。再び江戸を離れようとするお艶たちの前に、突如として屋根の上で絵を描く北斎の姿が現れます。「生きようが死のうが、そんなことはどうでもええがな」と豪快に笑う北斎の姿は、現実なのか幻なのか、視聴者の想像に委ねられます。
この最終回は、芸術家としての北斎の生き様と死生観を強く印象付ける内容となっており、必殺シリーズの中でも特に異彩を放つ結末として評価されています。
総括
「必殺からくり人・富嶽百景殺し旅」は、必殺シリーズの中でも特に異彩を放つ作品として評価できます。浮世絵という日本の伝統文化と殺しの物語を融合させた斬新な設定、充実した配役陣による演技、そして時代背景を巧みに織り込んだストーリー展開は、30年以上経った今でも色褪せない魅力を持っています。
特に、芸術家・葛飾北斎を重要な登場人物として据えた展開は、単なる時代劇の枠を超えて、芸術と人生の本質に迫る深い示唆を含んでいます。最終回における北斎の描写は、芸術家の魂の在り方を問いかける印象的なものとなっています。