1978年12月から1979年5月にかけて放送された『翔べ!必殺うらごろし』は、必殺シリーズ第14作目にして最も異色な作品として知られています。当時のオカルトブームを背景に、超常現象や霊能力といった要素を大胆に取り入れ、従来の時代劇の枠を大きく超えた野心的な作品として、今なお多くのファンの記憶に強く残っています。
物語の世界
本作は、それまでの必殺シリーズとは一線を画す独特の設定を持っています。依頼を受けて殺しを行うという従来の形式ではなく、死者の恨みを聞き、その供養として悪を討つという斬新な展開を採用しました。特筆すべきは、殺しのシーンが従来のシリーズと異なり、主に昼間に行われることです。これは物語の中心人物である「先生」が太陽の力を借りて能力を発揮するという設定によるものでした。
魅力的な登場人物たち
本作の核となるのは、個性豊かな主要キャラクターたちです。まず中村敦夫が演じる「先生」は、太陽を信仰する修験者です。死者の声を聞く霊能力を持ち、朝日を浴びると超人的な身体能力を発揮します。常に自然食のみを口にする純粋な求道者として描かれ、俗世の欲には一切とらわれない崇高な人物として描かれています。
物語のもう一人の主役とも言える「おばさん」を演じたのは市原悦子です。記憶を失った元殺し屋という複雑な背景を持つ彼女は、生き別れた息子を探す母親としての一面も持っています。普段は温厚な性格ですが、殺しの場面での豹変ぶりは、市原悦子の圧倒的な演技力によって見事に表現されました。
和田アキ子が演じる「若」は、その大柄な体格ゆえに女として扱われず、男装して生きることを選んだ女性です。粗野な言動の裏に繊細な心を持ち、料理や裁縫の腕前も確かな、多面的な魅力を持つキャラクターとして描かれています。
火野正平演じる「正十」は、江戸で殺しの斡旋業を営んでいた人物です。抜け目のない性格でありながら、チームの世話役として重要な役割を果たし、時に人情味あふれる行動を見せる魅力的な脇役として描かれています。
鮎川いずみ演じる「おねむ」は、常に眠そうな様子の巫女として登場します。一見すると脇役的な存在ですが、時折重要な予言を行い、物語の展開に深く関わっていく謎めいた存在として描かれています。
衝撃の最終回
本作の最終回(第23話「悪用した催眠術!先生勝てるか」)は、シリーズ屈指の名エピソードとして語り継がれています。記憶を取り戻したおばさんは、息子・新太が熊谷宿でそば屋を営む夫婦に引き取られ、幸せに暮らしていることを知ります。しかし、その里親のそば屋が悪党たちによって借金20両を肩代わりさせられ、立ち退きを迫られている状況を知ることになります。
熊谷宿では、代官や名主、女郎屋などが結託して悪事を働いており、女性たちを催眠術で女郎にするなどの非道な行為が行われていました。おばさんは、この悪党たちから息子の里親を守るために行動を起こします。悪党の一人である利兵ヱから騙し取った20両を持って名主・清右ヱ門のもとへ向かい、借金を返済しますが、その怒りは収まらず、清右ヱ門を殺害してしまいます。
しかし、その後おばさんは悪党たちに取り囲まれ、多勢に無勢の戦いを余儀なくされます。彼女は必死に抵抗しますが、ついにはメッタ斬りにされ、瀕死の重傷を負います。助けに駆けつけた正十の背中で、おばさんは「新太に会えてよかった」という言葉を残して息を引き取ります。その死顔は安らかで、おばさんの人生の集大成とも言える最期でした。
おばさんの死後、先生たちはおばさんを息子が暮らす町が見える丘の上に埋葬します。墓標として立てられたのは、おばさんが愛用していた笠でした。この出来事をきっかけに、一行は解散することになります。それぞれが自分の道を歩み始めますが、おばさんとの思い出を胸に秘めながら旅立っていく姿が印象的です。
市原悦子が魅せた圧巻の演技
「おばさん」を演じた市原悦子の演技は、本作の最大の見どころの一つとして今なお語り継がれています。普段は針売りの温厚なおばさんを演じながら、殺しの場面では豹変する二面性の演じ分けは見事の一言でした。特に、殺しの際の演技は余りにもリアルで生々しく、チーフプロデューサーの山内久司氏が「演技が凄すぎる。必殺は娯楽番組だ。凄すぎたらアカン(ダメだ)」と評したほどでした。
彼女の演技の特徴は、「日本昔話」のような優しい語り口で悪人を油断させ、一瞬の間に豹変して匕首で刺すという独特の殺し方にありました。この温厚な表情から一転、鬼気迫る表情への変化は、視聴者に強烈なインパクトを与えました。市原悦子といえば「まんが日本昔ばなし」の語りで知られる温かい声の持ち主でしたが、その市原が見せる冷徹な殺し屋としての一面は、予想外の演技力として多くのファンを魅了しました。
特に印象的だったのは、殺しの後の何気ない捨て台詞です。時にはユーモアを含んだ台詞を投げかけることで、殺しの緊張感との落差を生み、より一層のインパクトを与えていました。この演技は「おばさん殺し集」という動画が作られるほど人気を博し、必殺シリーズの中でも特に印象的なキャラクターの一つとして記憶されています。
そして最終回での演技は、市原悦子の演技力の集大成とも言えるものでした。息子との再会を果たしながらも、その幸せを守るために命を懸ける母親としての愛情、そして殺し屋としての冷徹さ、その両面を見事に演じ分けました。特に、正十の背中で息を引き取るシーンでの「新太に会えてよかった」という最期の言葉は、多くの視聴者の涙を誘う名演技として語り継がれています。悲しみの中にも安らぎを感じさせる死に顔は、まさに市原悦子でなければ表現できない深い演技力によるものでした。
普段の温厚なおばさんの表情、殺しの際の鬼気迫る表情、そして最期の安らかな表情。これら三つの異なる表情を完璧に演じ分けた市原悦子の演技は、本作を語る上で欠かすことのできない重要な要素となっています。彼女の演技は、単なる時代劇の殺し屋役を超えて、一人の人間の複雑な内面を表現した芸術的な演技として高く評価されています。
作品の評価と意義
『翔べ!必殺うらごろし』は、視聴率的には必殺シリーズ最低を記録し、わずか23話で打ち切りとなりました。しかし、その完成度は非常に高く、特に市原悦子の圧倒的な演技力によって描かれた「おばさん」のキャラクターは、時代劇の枠を超えた深い人間ドラマを作り出すことに成功しました。「時代を先取りしすぎた作品」として、現在では高い評価を受けている本作において、市原悦子の存在は作品の価値を決定づける重要な要素となっているのです。
本作は単なるオカルト時代劇としてではなく、記憶と自己アイデンティティ、母性と復讐、社会からの疎外、救済と供養といった深いテーマを内包した作品としても読み解くことができます。その意味で、本作は必殺シリーズの中でも特に芸術性の高い作品として位置づけることができるでしょう。
時代を先取りしすぎたがゆえに当時は理解されなかった本作ですが、現代の視点から見ると、その先進性と芸術性がより一層際立っています。テレビドラマの新たな可能性を示した意欲作として、『翔べ!必殺うらごろし』は今なお色褪せることのない魅力を放ち続けているのです。