「暁の7人」あらすじ チェコで実際に起きたナチス・ドイツ高官への暗殺計画の映画化

映画

チェコで実際に起こったナチス・ドイツの駐留司令官の暗殺を描いたノンフィクション作品です。

今回は映画のあらすじに加えて、実際の事件をもとに補足説明もしていきます。

「暁の7人」作品紹介

監督:ルイス・ギルバート

脚本:ロナルド・ハーウッド

原作:アラン・バージェス

製作:カーター・デ・ヘイブン / スタンリー・オトゥール

出演:ティモシー・ボトムズ / アンソニー・アンドリュース / アントン・ディフリング 他

公開:1975年11月(アメリカ) / 1976年6月12日(日本)

 

 

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「暁の7人」あらすじとネタバレ

1941年、その当時ナチス・ドイツに占領されていたチェコ。

そこの統治責任者として新たに任命されたラインハルト・ハイドリヒ将軍の暗殺を命じられたカレル・チューダ、ヤン・クビシュ、ヨゼフ・ガブチックの3人は、チェコのピルゼン上空からパラシュートで落下するものの、その場所はピルゼンから200キロも離れていた。

カレルはパラシュートを隠しているところを何者かに見つかり、どこかに連れて行かれてしまう。

ヤンとヨゼフはナチスの兵士に見つかるが、その兵士たちを殺害し、山小屋に逃げ込む。ヤンは降下の際に足を捻挫していたため、2人は山小屋の持ち主にプラハまで送ってもらう。

連れて行ってもらった医院でカレルと再開する2人。

 

ヤンとヨゼフはマリーという女性の家を隠れ家にすることになる。マリーの夫は鉄道員で何も知らず、音楽院に通っている息子アタと娘のジンドリスカを加えた3人が同志だった。

実行

ヤンたちはプラハでも同志たちと出会い、暗殺計画(暁作戦)を実行に移そうとする。しかしプラハにいた同士たちは暗殺計画に消極的だった。もしハイドリヒ将軍が死んだら、街や村への報復は免れないと思っていたのだ。

 

一時ドイツに戻ることになったハイドリヒを狙撃しようと、列車の車窓を狙うものの、反対方向から来た列車が邪魔をして失敗する。

英国軍はヤンたちに5人の応援部隊を派遣する。

なかなか上手くいかない中、カレルはしばらくぶりに妻に再会、軍に入ったあとに生まれた息子と3人で住みながら活動を続け、一方のヤンは同志として知り合ったアンナと恋に落ちる。

 

ハイドリヒ将軍が全欧州の占領軍最高司令官に任命され、いよいよ時間がなくなったヤンたちは、毎朝、ハイドリヒが住んでいる自宅から占領軍司令部になっているフラドキャニー城(今のプラハ城)に通う道筋で暗殺しようと計画する。

襲撃場所でヤンは手榴弾、ヨゼフは機関銃を隠し持って待ち構える。

 

 

ハイドリヒの車の前に飛び出したヨゼフが機関銃を発射しようとするも弾が詰まって作動せず、運転していた兵士に追いかけられる。

ハイドリヒが一人になったところにヤンが手榴弾を車の中に投げ込む。それによってハイドリヒは重体となる。

 

ヨゼフは追ってくる兵士を別で持っていた拳銃で撃ち殺す。

ヤンとヨゼフはなんとか逃げ切るものの、2人には懸賞金がかけられる。

ハイドリヒは回復することなく1週間後に死亡し、後任のフランク将軍は犯行グループの家族もろとも処刑すると宣言する。

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報復

ヤンとヨゼフ、応援部隊の7人は教会の地下に隠れていた。妻と子供と別れたくなかったカレルは彼らに合流せず、ドイツ軍にヤンたちのことを密告する。

一方ヤンたちに、英国の飛行機が迎えにくるとの吉報が入る。

ヤンたちが隠れ家として使っていた家に住んでいたマリーとその夫が捕まる。

マリーの息子アタは音楽院から帰ってきたときに捕まりリンチにあうが、教会のことを話さなかった。

 

目を覚ましたマリーの息子は手当してくれていたカレルに教会のことを話す(マリーの息子はカレルが味方だと思っていた)。これによってヤンたちが隠れているところがわかったドイツ軍は教会に向かう。

 

ヤンは英国に帰る前にアンナと会い、教会の前で別れる。そこにちょうどやってきたドイツ軍はまず礼拝堂にいる応援部隊の3人を激しい銃撃戦の末に射殺する。

 

教会の様子を悲しそうにじっと見ているアンナとジンドリスカ。

そして地下にいるヤンたち4人はヒトラーの命令で生け捕りにせよとの命令が下る。

カレルの投降の呼びかけに応じないヤンたち。応援部隊の2人も死に、とうとうヤンとヨゼフだけになってしまう。

地下で水責めにされた2人はお互いの頭に拳銃を向け、抱き合って自殺する。

 

銃声を聞いたカレルは自分のしたことを悔い、アンナとジンドリスカはフラフラと街中に消えていく。

 

エンドロールで関係者のその後が語られる。

 

密告したカレル・チューダは1947年にチェコにて反逆罪で死刑。

アンナは収容所で死亡。

ハイドリヒの後任、フランク将軍は1946年にプラハ近くで絞首刑。

匿っていた教会のぺトレク神父は11942年に処刑。

ヤンたちを世話していたマリーは1942年に自殺。

夫は収容所に送られたものの、殺されなかった。

息子のアタは1942年に処刑。

娘のジンドリスカは収容所で死亡した。

 

「暁の7人」感想と実際の事件の詳細

戦争は悲劇しか産まない、数々の戦争映画を見てきたけれど、戦いを挑んだ人は勿論、それに巻き込まれた女性や子供も犠牲になる。

なんとも悲しい時代でした。

「暁の7人」となっていますが、映画ではヤンとヨゼフだけがフューチャーされています。そしてカレルは裏切っているため7人には入っておらず、映画内では他の5人のことは名前すら出てきませんでした。そのあたりは原作のほうが詳しく書いています。

 

この作品は1942年5月27日に起きたラインハルト・ハイドリヒ暗殺事件をもとに作られています。

正確にはエンスラポイド作戦といいます。

大英帝国政府とチェコスロバキア駐英亡命政府により計画されました。

実際のハイドリヒとはどんな人物だったのでしょうか?

ラインハルト・ハイドリヒとは・・・

 ラインハルト・ハイドリヒは、親衛隊(SS)でハインリヒ・ヒムラーに次ぐ実力者だった人物でゲシュタポ(国家秘密警察)、親衛隊保安部(SD)、刑事警察を統括する巨大警察組織国家保安本部(RSHA)の長官であった。

彼はナチスに反抗する人間を取り除く役目を担っており、ユダヤ人虐殺計画の主要な遂行者であった。

彼はヒトラーやナチスの陰謀のほとんどに参加し、ナチス政権において重要な政治的地位を築いていた。彼はその能力と権力により、多くのナチスの要人や国防軍の高官たちから恐れられていた。

その残忍性によって、ハイドリヒは「金髪の獣」「絞首刑人」の通り名で呼ばれていた。

引用:ウィキペディア

そんな彼はチェコに到着すると同時の戒厳令を敷きます。そして反乱分子を次々と処刑していきました。その当時の首相アロイス・エリアーシも処刑されました。

街中を走るハイドリヒの車はオープンカーでした。

 

「狙ってくださいね」と言わんばかりですが、これには少し理由があります。

 

統治する以上、嫌われては暗殺の対象になりかねません。

労働者階級には食糧配給と年金支給額を増加させ、チェコの歴史で初めての雇用保険を創出させました。また、リゾートホテルなどを接収して労働者の保養地として開放するなどもしました。

「人間味ある総督」に見せようとしていたようで、記者に家族と一緒にいる写真をよく撮らせてたり、重々しいプラハ城に定住せず、プラハ郊外にあるやや田舎のパネンスケー・ブジェジャニで暮らしたりしていました。

そして車もオープン状態にしてプラハ市民に自分の姿がよく見えるように走らせることが多かったそうです。

威圧的にならぬよう護衛車両をつけることもあまりしなかったらしく、ヒムラーはプラハ訪問中にハイドリヒの個人警護が少なすぎると懸念し、警護をもっと増やすよう命じており、またヒトラーもハイドリヒの警護に無頓着な態度を頻繁に戒めていたが、ハイドリヒは最期まで耳を貸さなかったそうです。

結果的にはこれが命取りとなったわけですが・・・

陰謀説

ハイドリヒが病院に運ばれるも、ドイツから来る医師しか治療してはいけないとチェコの医者が言われるシーンがあります。

これには逸話があり、この医師団を送ったのはヒムラーですが、彼はハイドリヒを恐れていたようで、わざと手術に失敗したのではないかとの憶測を呼びました。冷徹な彼だからそんな噂が立ったのでしょう。

その後

この暗殺事件のあと、ハイドリヒが死亡するまでの1週間で157人が射殺されました。

そして作中にも描かれていますが、人口500人ほどのリディツェ村が「暗殺部隊を匿った」として、住人の男性200人程が銃殺刑、それ以外の女性や子供は強制収容所送りになりました。

その後も粛清は続き、1942年5月28日から9月1日までの間、公式に拘束されたチェコ人だけでも3188人に及び、1357人がプラハとブリュンの即決裁判で死刑判決を受けました。

 

アンナやジンドリスカもこの中にはいっていたのでしょうね・・・

 

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