「ハドソン川の奇跡」あらすじ 機長は英雄か、それとも・・・

映画

「アメリカン・スナイパー」や「15時18分、パリ行き」など、実際に起きた事件をその主人公のそれまでの歴史を踏まえながら描く作風で人気があるクリント・イーストウッド監督の人間ドラマです。

2009年1月15日に起きた「USエアウェイズ1549便不時着水事故」の映画化作品です。

 

「ハドソン川の奇跡」作品紹介

監督:クリント・イーストウッド

脚本:トッド・コマーニキ

原作:チェスリー・サレンバーガー / ジェフリー・ザスロー

製作:クリント・イーストウッド / フランク・マーシャル / ティム・ムーア / アリン・スチュワート

製作総指揮:キップ・ネルソン / ブルース・バーマン

出演者:トム・ハンクス / アーロン・エッカート / ローラ・リニー 他

公開:2016年9月9日(アメリカ) / 2016年9月24日(日本)

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「ハドソン川の奇跡」あらすじ(ネタバレあり)

 

サリーは自分が操縦する飛行機がニューヨークの街中に墜落する夢を見る。そしてジョギングをし、サウナに入り、国家運輸安全委員会(NTSB)への証言の場に向かう。

チェスリー・サレンバーガー(通称サリー)は数日前、副機長のジェフ・スカイルズ とともに、ニューヨーク発、シャーロット経由のシアトル行きの飛行機を操縦していた。

しかしその飛行機はバードストライク(鳥が人工構造物に衝突する事故)によって全エンジンが停止したため、離陸後わずか5分程度でハドソン川に緊急着陸。しかし1人の犠牲者も出さなかった(重症者5人)ことから「ハドソン川の奇跡」として全世界で報道され、サリー自身も”時の人”になっていた。

 

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”ハドソン川の奇跡”の詳細(実際の事件経過)

この事件がどのように起こったのか紹介します。

事故を起こした機体の名称は「USエアウェイズ1549便」

乗務員は3名、搭乗者150人。

USエアウェイズ1549便は、午後3時26分にラガーディア空港を離陸直後、カナダガンの群れに遭遇、両エンジンの同時バードストライクというレアケースによって両エンジンがフレームアウト(停止)し、飛行高度の維持が出来なくなる。

1549便はこの日シャーロットからの折り返し便として運行されており、操縦は副操縦士のジェフリー・スカイルズが担当していた。しかし、両エンジンの停止後、即座に機長のチェズレイ・サレンバーガーはAPUを起動させ、操縦を副操縦士から交代し、同時に空港管制に対し、状況の報告と非常事態を宣言した。副操縦士は以後事態を改善すべくQRH(クイック・リファレンス・ハンドブック)によるエンジン再始動を着水直前まで実施した。

当初、機長は空港への着陸を目指し、出発地のラガーディア空港か進行方向の延長上にあるテターボロ空港への着陸を目指していたが、高度と速度が低すぎるため空港への着陸は不可能と判断し、市街地への墜落を防ぐため、ハドソン川への緊急着水を宣言する。

これにより低高度でレーダーから消失してしまうため、空港管制は周囲の航空機へ1549便の目視チェックを要請し、観光ヘリ2機がこれに応じた。その後ジョージ・ワシントン・ブリッジをギリギリで回避しながら高度上げて減速し、着水間近に客室に対して「衝撃に備えて下さい」とのみ伝えた。不時着まで数分の出来事のため、客室に詳細を伝える猶予はなかったが、アテンダントらは事情を察して客に最善の指示をした。

トラブル発生から約3分後の午後3時31分頃、1549便はニューヨーク市マンハッタン区とニュージャージー州ホーボーケン市の間に流れるハドソン川へ、時速270km程で滑走路着陸時と同様の滑るような着水をする。

不時着水決定後に高度を下げる経路を必要としたため旋回(進行方向反転)したが、偶然にも着水進入方向と川の流れが一致していた事で、ごく僅かであるが機体の衝撃は抑えられた。また、機体の姿勢も水面に対し水平に近かったため、片側主翼着水による機体分解も避けられた。

スムーズな着水により機体損傷は尻餅による後部壁下部の一部だけで、乗客ら全員が迅速に機内から脱出シューター(着水時には救命いかだになる構造)及び両主翼に避難することが可能であった。

それでも、事故当時は真冬であり、気温氷点下6度・水温2度という状況。

無事着水して乗客が安堵したのもつかの間、損傷した後部から浸水が始まり、客室内にも浸水が始まった。乗客は機体沈没の恐怖に苛まれつつ、着水の衝撃で停電[要出典]し真っ暗の中を緊急脱出して、身を切るような寒さに晒されることとなった。

その中で、機長とアテンダントらは決められた手順に沿い行動する。

機体後方のドアを使用せず機体前方へ誘導し、機内の毛布や救命胴衣を回収しつつ乗客への配布し、逃げ遅れを防ぐべく機内を確認するなど不時着水という非常事態に冷静に対処。特に機内の確認については機長が既に浸水が始まっていた機体後方まで機内に残っている乗客が居ないか2度確認に向かい、乗員乗客全員が脱出したのを確認してから機長も脱出した。

事故機は着水から約1時間後に水没した。

引用:Wikipedhia

 

委員会は元空軍大尉のサリーが判断した”着水”についてを疑問視していた。「引き返せたのではないのか?」という問いに、「時間がなかったため、自分の経験にのっとって、視認による着水を決めた」というサリーに飲酒履歴や睡眠時間、夫婦関係まで聞く委員会の人間たち。

サリーは英雄視され連日のようにマスコミに追いかけられる。それはサリーの家族がいる実家も同様で、そんなマスコミに嫌気がさしていた妻はサリーに文句を言いながらも、彼の体調を心配していた。

 

その後、フライトレコーダーから左エンジンは作動していたのではないかとの調査結果が出て、それによってさらに疑われるサリーたち。

もし微速でも動いていたら、引き返さたというコンピューターのシミュレーション結果を聞き、そんなはずはないと思いながらも、サリーは自分の判断が正しかったのかどうか苦悩する。

 

バーに寄ったサリーはバーテンや客らに祝福されながら、事故当時の事を回想する。そして彼は当時の自分の極限の心理状況を思い出す。

事故当時の彼は冷静に対処し、喜ぶこともなく、ただ乗客の無事だけを願っていた。その重圧(人的要因)などがシミュレーションに反映されているのかが疑問だった。

 

国家運輸安全委員会の最後の検証の場となる公聴会が始まる。

 

エアバス社で行われたシミュレーションがライブで流され、2回とも他の空港の滑走路へ着陸できることを主張する委員会側。

しかしサリーは人的要因(思考時間と心理状態)か考慮されていないと反論する。

実際にシミュレーションを行った操縦士は事前に17回練習したと委員会の1人が告白し、あらためて35秒の思考時間を加えて再シュミレーションが開始される。

 

結果は1回目、2回目とも失敗、飛行機は墜落するというシミュレーションだった。

 

続けて音声記録の検証が始まる。

音声記録にはサリーと副機長のスカイルズの、冷静だが緊迫感に満ちた会話が残っていた。

最後に委員会は微速ながら動いていたと思われていた左エンジンは破損していたことを報告。

委員会はサリーの功績を称えるが、サリーは「副操縦士、乗務員、救助に来てくれた人たち、管制官などのおかげでこの結果になった」と答えるだけだった。

 

 

「ハドソン川の奇跡」感想

事故が起こったあとの経緯はあなり報道されていなかったので、その部分をフューチャーしたのは良かったのですが、機長の心の内をもう少しフィクションを取り入れて描いてもらえればもっと面白かったのではないかと思います。

 

実際の事件に携わった人たちのインタビューが予告と一緒に公開されています。

作品のエンドロールにも当時の乗客やサリー本人が出演されています。

 

その後のサリー

サリーが委員会にかけられ、なかなか復職できないことを不安がる妻との会話シーンがあります。

実際には事故から9ヶ月後の10月1日に復職し、最初のフライトは事故と同じ路線、副操縦士も同じスカイルズ、そして機内アナウンスで自己紹介すると、客室内では拍手が起きたそうです。

 

その5ヶ月後、サリーは引退したそうです。

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