「スターリンの葬送狂騒曲」あらすじ ロシアで上映禁止になった問題作

映画

1953年の独裁者スターリンの死によって、実際に引き起こされたソビエト連邦内の権力闘争を描いたブラックコメディです。

 

「スターリンの葬送狂騒曲」作品紹介

監督:アーマンド・イアヌッチ

脚本:アーマンド・イアヌッチ / デヴィッド・シュナイダー / イアン・マーティン / ピーター・フェローズ

原作:ファビアン・ニュリ / ティエリ・ロビン

製作:ヤン・ゼヌー / ローラン・ゼトゥンヌ / ニコラ・デュヴァル・アダソフスキ / ケヴィン・ローダー

製作総指揮:ジーン・クリストフ・コルソン / ジル・ダオスト / Catherine Dumonceaux

出演者:スティーヴ・ブシェミ / サイモン・ラッセル・ビール / パディ・コンシダイン / ルパート・フレンド / ジェイソン・アイザックス / オルガ・キュリレンコ / マイケル・ペイリン / アンドレア・ライズボロー / ポール・チャヒディ / ダーモット・クロウリー / エイドリアン・マクラフリン / ポール・ホワイトハウス / ジェフリー・タンバー 他

公開:2017年10月20日(アメリカ) / 2018年8月3日(日本)

制作国:イギリス / フランス

 

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「スターリンの葬送狂騒曲」あらすじ(ネタバレなし)

1953年、ソ連の秘密警察は多くの国民を”粛清”という名で虐殺していた。

その日もスターリンは粛清リストをチェックし終わると、あるコンサート会場に電話する。「録音されたものがほしい」というスターリンだったが、そのコンサートは生放送でなおかつ録音はしていなかった。慌てた関係者は奏者や観客に事情を伝え、もう一度初めから演奏することになる。しかし父や兄を粛清で殺されたピアニストのマリアは「やりたくない」と言い出す。

しかしそのピアニストに金を提示してなんとか演奏は始まった。

 

同じ頃、スターリンは第一書記のフルシチョフ、秘密警察のトップのベリヤ、腹心のマレンコフと夕食を取り、それが終わると自室に戻っていった。

 

コンサートの録音が終わり、そのレコードが軍関係者に渡される。その際マリアが「手紙を書いたからぜひ読んでほしい」とレコードと一緒にそれを渡す。

スターリンがレコードを出したときにその手紙が床に落ちる。その手紙には「その死を祈り、神の赦しを願う、暴君よ!」と書かれていた。

それを読みながら笑うスターリン。しかしその直前、苦しみだして、その場に倒れてしまう。

衛兵は物音に気づいたが、許可なく勝手に入れないため、まさか倒れたとは夢にも思っていなかった。

 

翌朝、朝食を持ってきたメイドが昏倒したスターリンを発見する。


部屋に駆けつけたベリヤ、マレンコフ、フルシチョフ、その他の大臣たちは医者を呼ぼうとしますが、有能な医者はほぼ全員獄中にいたため、ヤブ医者たちが集められる。

診察の結果は脳出血により、半身不随の状態で治る見込みはないという診断だった。

一旦、スターリンは意識を取り戻すが、その後すぐに亡くなってしまう。

 

そしてここからフルシチョフ、ベリヤ、マレンコフ、そして軍の最高司令官のジェーコフの権力争いが幕を切ることになる・・・

 

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「スターリンの葬送狂騒曲」感想

 

スターリンの死亡には謀殺説がささやかれています。まあ暴君にはよくありがちです。

しかしこの作品ではそこにはあまり触れていません。亡くなって以降の葬儀までの数日間、残された高官たちがどのように動き、何が起こったのかをわかりやすく描いています。

 

はじめは少しだけブラック・コメディでしたが、ラストは結構ヘビーな内容になっています。ある意味、史実にもとづいてはいるのですが、それはそれで怖い気がします。

その後はどうなる?(ネタバレあり)

この後、マレンコフが書記長代行になり、それを利用しようとするベリヤと、ベリヤの秘密警察に権限を奪われた軍の最高司令官ジェーコフと手を組んだフルシチョフの争いに発展します。

最後はベリヤが負け、簡易裁判によって死刑宣告を受けます。

 

そのときに起こったことは”史実”ではこうなっています。

ベリヤとその部下7人が「英国の諜報機関と結託し、秘密警察を党と国家の上に置いてソヴィエトの権力を掌握しようとしたスパイである」と報道され、ベリヤは特別法廷において、弁護人なし、弁明権なしで、裁判にかけられた。裁判の結果、ベリヤは死刑判決を受けた。

死刑判決が下ったとき、ベリヤは膝を突いて泣きながら慈悲を乞い、助命嘆願をした。しかし、ベリヤはルビヤンカの地階に連行され、彼と彼の部下は、1953年12月23日にパーヴェル・バチツキーによって銃殺刑に処された。ベリヤの遺体はモスクワの森の周辺で火葬されたのち、埋葬された。54歳没。

引用:Wikipedia

 

しかし、この映画版では少し違います。これは”異説”という扱いになっていますが、

ベリヤは配下の秘密警察を駆使してソ連政府要人すべてを監視し、誰でも好きなときに逮捕・投獄・処刑できるだけの証拠を握っていた。

そのため彼を排除するには不意討ちが絶対の条件で、フルシチョフを含むソ連首脳部はひそかに作戦を練り、定例会議を装ってベリヤを会議室に呼び出し、合図でベリヤにいっせいに襲いかかって首を絞めたという。

また同じく会議の席上でベリヤを捕縛しようとした際に、ベリヤが激しく抵抗したため、元帥のイワン・コーネフがピストルを抜いて射殺したという証言(1964年)もある。

引用:Wikipedia

 

ちなみにこの作品、内容的にロシアの文化省が難色を示し、ロシア本国では上映禁止となりました。

ロシアの作家・政治活動家のニコライ・スタリコフは、映画が「英国の知的階級による非友好的行為」であり「反ロシア情報戦争」の一部であることは明らかだと主張しています。

 

しかしカザフスタンやアルメニアでは小規模な映画館でのみ公開されたそうです。

 

映画という名のいエンターテイメントとしては物足りませんでしたが、このようなことが起こっていたことは学校では教えてくれませんから、ある意味、勉強になった一作です。

 

 

2020年11月には、スターリンの国葬の様子を捉えたドキュメンタリー「国葬」が公開されています。

 

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