「暴走機関車」あらすじ 原案・黒澤明・・・でも本人は納得してない!?

映画

巨匠・黒澤明が書いた脚本をもとに「マリアの恋人」のA・コンチャロフスキーが映像化したサスペンス・スリラー。

アラスカの監獄から二人の囚人が脱走。執拗に追う冷酷な所長の追撃の中、彼らは貨物列車に乗り込み逃亡を図るが・・・

「暴走機関車」作品紹介

監督:アンドレイ・コンチャロフスキー

脚本:ジョルジェ・ミリチェヴィク / ポール・ジンデル / エドワード・バンカー

原案:黒澤明  / 菊島隆三(ノンクレジット)  / 小國英雄(ノンクレジット)

製作:ヨーラン・グローバス / メナハム・ゴーラン

製作総指揮:ロバート・A・ゴールドストーン / ヘンリー・T・ウェインスタイン / ロバート・ホイットモア

出演者:ジョン・ヴォイト / エリック・ロバーツ 他

公開:1985年12月6日(アメリカ) / 1986年6月7日(日本)

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「暴走機関車」あらすじ

アラスカ州にあるストーンヘブン刑務所。

この刑務所から2度脱獄したことがある囚人マニーは、所長のランケンに目の敵にされて3年間もの間懲罰房に入れられていた。

しかし世論から批判を浴び、さらにその非人道的な行いで裁判にかけられ、それに敗訴したランケンは、マニーを普通房に戻すことを余儀なくされる。

マニーは昔からの囚人仲間のジョナと抱き合って再会を喜ぶ。

 

ランケンは他の囚人に命令してマニーを殺そうとする。マニーは怪我を負ったものの、逆にその囚人に椅子を叩きつけようとする。ジョナはマニーを助けようとその囚人の腹を刺し、刑務官から袋叩きに遭う。

 

ランケンが自分を脱獄させて、それに乗じて殺そうと企んでいると察したマニーは、挑戦を受けんとばかりにジョナに脱獄しようと持ちかける。年老いていたジョナはそれに乗らなかったが、洗濯係で腕っ節が強いバックを紹介する。

脱獄

洗濯物に紛れ込んで建物外に出たマニーは、そこから下水道に入って脱獄する計画だった。以前からマニーにあこがれていたバックも「一緒に脱獄したい」とマニーに願い出て、ついていくことになる。

 

脱獄は成功し、2人は雪原を進んでいく。

 

刑務所内ではマニーの脱獄が成功したとして「マニー!マニー!」の大合唱の中、所長のランケンは法的に堂々とマニーを殺せることに高揚し、捜索に乗り出す。

 

 機関車の操車場にたどり着いた2人は4両編成の機関車に乗り込む。

機関車がゆっくりと動き出す・・・

 

何も知らずに機関車を操縦していた老人アルは、急な心臓発作を起こして急ブレーキのレバーを引いたのちに列車から落ちてしまう。

バルブの故障でブレーキが効かなくなった機関車は運転手のいない状態で暴走を始める。しかしそんなことになっているとは夢にも思わないマニーとバック。

暴走

列車を制御する管制室に勤めるフランク・バーストウは機関車が暴走していることを知って、急いで対向していた貨物車に退避を指示。

しかし対比しきれなかった最後尾の車両を粉砕して、なお走り続ける機関車。

 

ぶつかった衝撃でさすがのマニーも機関車に何かが起こっていることを察知する。

 

機関車の行先には老朽化していたセスカ橋があった。その橋が耐えられる速度は80キロだったが、機関車の速度は140キロに達していた。

フランクの上司である運行部長のマクドナルドは、会社の損失回避を優先して機関車を支線に移して脱線させるようにフランクに命令する。

フランクは支線のポイントにいる信号係にポイントの切り替えを指示、信号係はポイントを支線へと切り替える。しかし無人だと思われていた機関車から汽笛が鳴っている音を聞いた信号係はそれをフランクに知らせて、再びポイントを本線に切り替える。

信号係は暴走している機関車の外に1人いることを確認する。それはマニーでもバックでもない第3者だった。

もう一人の乗客

最後尾の車両にいたマニーとバックは汽笛が鳴ったことで運転手がいることを確認し一旦安心する。しかし機関助手のサラが何も知らずにその車両に入ってくる。

 

サラが眠ってしまっている間に運転手がいなくなり、暴走を始めたこと、汽笛を鳴らしたのがそのサラであること、そしてこのままでは終点で衝突することを知ったマニーは驚きながらも、冷静に事態を飲み込み「何が起ころうと、誰が死のうと、所長に勝つ。俺は生きて捕まらない」と宣言する。

 

「連結器の電気ケーブルを外せば速度が落ちていずれ止まるかもしれない」というサラの提案に乗った2人はなんとか2両分の電気ケーブルを切断、速度が少し落ちて、なんとかセスカ橋を超えることが出来た。

しかし列車を止めるためには外から先頭車両に行かなければならなかった。怪我が完治していないマニーに代わってバックがその役目を買って出る。

だが猛スピードと寒さの中、掴まる所が無い機関車の側面を渡っていくことが出来ず逃げ戻ってしまう。激怒したマニーはバックを殴りつけ再び外に出そうとする。

止めようとしたサラも殴られ、それを見たバックは激怒、マニーはナイフを取り出して襲い掛かろうとして殺し合い寸前の状況になる。サラが絶叫して二人を止めるが、マニーが自分やサラの事を考えず、所長への恨みを晴らすことしか考えていなかったことを知ったバックは失望する

 

機関車が向かう先には化学工場があった。最悪の事態を恐れたマクドナルドは行き止まりになっていた側線へ移して脱線させるように指示する。

所長との対決。そして・・・

その頃、ランケン所長はヘリで機関車に向かっていた。

ランケンを見つけたマニーは縄ばしごで乗り移ろうとしている姿を見て「俺は負けない!」と挑発し続ける。

 

そして機関車が側線に入った事を知ったサラは見捨てられたことを悟り2人に報告、そして「1人で死にたくない」といってバックの胸の中で震えるのだった、。

 

所長との対決を覚悟したマニーは単独で先頭車両に向かおうとする。連結部分で負傷していた手を挟んで更に怪我は悪化する。ほぼ手が動かない状況で満身創痍のマニーだったが、それでもなんとか先頭車両にたどり着く。

 

 

綱はしごで機関車に乗り移ったランケンを待ち伏せて撃退し、ロープで縛り上げる。ランケンを先頭車両に閉じ込めることに成功したマニーは列車を止めず、「勝ち負けなんかどうでもいい、俺は自由だ。衝突までの5分を楽しもうぜ!」とランケンに言い放つ。

 

そしてマニーは怪我をおして、バックとサラのいる後部車両を切り離す。「列車を止めろ!」と叫ぶバックたちに手を振るマニー。

 

バックたちの車両は止まり、マニーたちを乗せた機関車は走り去っていく。

 

マニーは機関車の屋根に登って前のめりになって仁王立ちする。そしてその機関車は猛吹雪の中に消えていった・・・

 

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「暴走機関車」感想

子供の時に見たマニーの仁王立ちのシーンが忘れられず、未だにCSでやっていたら、ついつい見てしまう作品です。

黒澤明さんが原案となっていますが、だいぶ改変されているようです。

1966年6月、黒澤はアメリカのエンバシー・ピクチャーズ(英語版)と共同製作で『暴走機関車』を監督することを発表した。

この企画はライフ誌に掲載された、ニューヨーク州北部で機関車が暴走したという実話を元にしており、出演者は全員アメリカ人にすることが決定していた。 しかし、英語脚本担当のシドニー・キャロル(英語版)と意見が合わず、プロデューサーのジョーゼフ・E・レヴィーンとも製作方針をめぐり食い違いが生じた。

黒澤は70ミリフィルムのカラー映画を想定していたのに対し、アメリカ側はスタンダードサイズのモノクロ映画で作ろうと考えていた。黒澤は130人ものスタッフを編成し、本物の鉄道を使用して撮影する準備をしていたが、アメリカ側との意思疎通に欠き、同年11月に黒澤から撮影延期を提案し、事実上の製作頓挫となった。

この企画は1985年にアンドレイ・コンチャロフスキー監督で映画化されたが、内容は大きく改変された。本作は黒澤明、菊島隆三(ノンクレジット)、小國英雄(ノンクレジット)が書いた脚本を基にしているが、大幅に改稿されている。また黒澤は完成した映画を批判している。黒澤が企画した段階では、ヘンリー・フォンダとピーター・フォークの主演を予定していた。

「 暴走機関車」Runaway Train/原案:黒澤明/no.248
1966年6月、黒澤はアメリカのエンバシー・ピクチャーズ(英語版)と共同製作で『暴走機関車』を監督することを発表した。この企画はライフ誌に掲載された、ニューヨーク州北部で機関車が暴走したという実話を元にしており、出演者は全員アメリカ人にすることが決定していた。しかし、英語脚本担当のシドニー・キャロル(英語版)と意...

さらに付け加えると、黒澤明は純粋に「脱獄犯たちを乗せた機関車の暴走」に話を絞りこみ、また登場人物たちに緊迫した状況下でもジョークを言わせるなどキャラ設定に深みを持たせていたようです。

しかし、このハリウッド版「暴走機関車」は、序盤の刑務所シーンや主人公と刑務所長との因縁など余計なエピソードが付け足されたためか黒澤本人はあまり気に入らなかったという話です。

でも個人的には刑務所長との因縁があったからこそのあのエンディング、結構好きです。

 

この作品でジョン・ヴォイト、エリック・ロバーツはアカデミー賞にノミネートされました。

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